平成19年度初に当たっての職員に対する挨拶
平成19年度初に当たっての職員に対する挨拶
- (2007年4月3日)
○はじめに
皆さん、おはようございます。
本日より、新しい年度、平成19年度がスタートします。
その始まりに当たり、職員の皆さん、そして県民の皆様と、想いをひとつにするべく、一言、ご挨拶申し上げます。
皆さん、新年度は、「山形県人であることの素晴らしさ」を、徹底して実感し、それを私たちの大きな自信と、誇りにしましょう。
それが、この新年度初に当たり、皆さんと「想いをひとつに」と訴える所以であります。
○「県の意思」とは
もとより、「県のチカラ」は、「3つの力」および「県の意思」、によって決まります。
すなわち、今、私たちは、県勢発展の「チカラ」を、「地域力」、「経済力」、「基盤力」の3つの力に求めています。
そして、それらの相乗効果を持って「未来に広がる“やまがた”」、「百年後にも誇りに思える元気なふるさと“やまがた”」を目指しています。
私は、そこに、敢えて、意図して、「県の意思」を加えるものであります。
その上で、「3つの力」と「県の意思」との関係は、掛け算である、と概念します。
換言すれば、「3つの力」を最大化したとしても、そこに、明確で、前向きな「意思」が加わらなければ、「県のチカラ」になりません。
「意思」がゼロであれば、発揮される「県のチカラ」もゼロであります。
我が山形県では、これまで、「意思」が曖昧で、従って、「県のチカラ」が弱かった、十分に発揮されてこなかったのではないでしょうか。
「"やまがた"は、山紫水明、食も豊か、しかし、宣伝下手」と言われ続けて久しいものです。
そして、その背景を、保守、謙譲といった県民性に求めがちであり、また、誰もがそこで妙に納得してしまっていました。
そこには、「皆で力を合わせて、前向きにとらえ、進もう」、「皆で力を合わせて、次の高いステージを目指そう」、「皆で力を合わせて、良さを広めよう」、といった、明確、かつポジティブな「県の意思」が不在であったのであります。
寧ろ、何らかの手立てを打つことを諦めてきた歴史であり、近年では自信喪失の感すらあった、というのは言い過ぎでしょうか。
そこで、改めて、「県の意思」とは何か。
私は、県としての「意思」とは、
「山形県人としての素晴らしさ」を、県民みんなが、一人ひとり、
- (1)どう実感として持ち(「意識化」)、
- (2)どう大切にし、またどう活かし(「実践化」)、そして、
- (3)どう広めるのか(「均霑化」)、
との3点を、常に、求めて止まない、
そしてそれらを、常に、明確化したい、具現化したい、
との高まる気持ちを持ち続けることである、と考えています。
- <(1)「山形県人としての素晴らしさ」の「意識化」>
第一に、「山形県人としての素晴らしさ」をどう実感として抱くのか、すなわち、どう「意識化」するのか。
私たちは、これまで、本気で、我が山形県の価値を体感し、認め、そして自信を持ってふるさとを愛し、誇りに思ってきたのでしょうか。
「山形県人としての素晴らしさ」を他に認めてもらうためには、まずもって、自らがその価値を十分に実感しなければならないのは言うを待たないところであります。
そうするためにも、まずは、「ないものねだり」から「あるものさがし」へ、私たちの発想を大きく転換しましょう。
特に、新年度は、その好機であります。
- (世界文化遺産登録)
例えば、「出羽三山と最上川が織りなす文化的景観」を世界文化遺産として登録するための取組みです。
新年度はそのための組織対応も行いました。
新組織は、「現場主義の徹底」の実践そのもの場であります。
すなわち、職員の皆さんが、現地に出向き、その対象となる地域に存する歴史文化資産について、徹底的に調べ尽し、知り尽くすことは勿論です。
その上で、そうした取組みを通じて、現に今そこにお住まいの県民の皆様の想いをしっかりと受け止めることこそが、その地域資産の価値を、真の意味で、再認識することに繋がるのではないでしょうか。
その意味で、世界文化遺産登録に向けた取組みを県民運動に盛り上げていかねばなりません。
それはすなわち、「山形県人であることの素晴らしさ」を実感する過程そのものでもあります。
- (食育)
また、新年度は「食育元年」であります。
食には、健康増進のほかに、その場に居合わせる人と人とのコミュニケーションを通じて、愛情や友情を育み、人間関係を育てる働きがあります。
特に家庭の食卓には、「いただきます」、「ごちそうさま」の挨拶をはじめ、人生に大切な礼儀作法や感謝の気持ちを身に付ける人生創造の働きがあります。
すなわち、食の場は、現代社会が失いかけている、教育や、家族や地域の絆といった、人としての本質を体得する場でもあります。
我が山形県は、他に類を見ないほど多様な食材に恵まれています。
それだけに、どこよりも特色を持った食育を展開できるのであり、食が大きく働く、食文化の地域社会を創造することが出来るのであります。
毎月19日は「家庭団欒の日」、この定着を通じて、食育を県民運動に盛り上げていきましょう。
これもまた、「山形県人であることの素晴らしさ」を実感する過程そのものであります。
- <(2)「山形県人としての素晴らしさ」の「実践化」>
第二に、「山形県人としての素晴らしさ」をどう大切にし、どう活かすのか、すなわち、どう「実践化」するのか。
最近、このような話を読みました。
アメリカンインディアンの長老が、部族にとって大事なことを決める際、「7代先の子孫のためになるか」をその判断の拠って立つ基本に据える、というものです。
ひと世代30年とすると、7世代で約2百年、文字通り「未来指向」であります。
しかしながら、7世代向こうの世の中がどうなっているのかは分からない。
したがって、そこでは、部族で大切にしてきたことを壊さないで残すことが主眼となる、というのであります。
これまで、私が謳ってきた「百年後にも誇りに思える元気なふるさと"やまがた"づくり」、そして、「やまがた改革」の基本理念である「子ども夢未来指向」と相通ずる考え方です。
すなわち、百年後や2百年後の人々の生活様式や産業技術、交通・情報の媒体手段などがいかようになっているか、を正確に見通すことは誰にとっても困難です。
つまり、現在私たちが抱く理念に立って、ものごとを考え、新に創り上げ、そして、それを将来にも受け入れてもらおうとすることは、不透明であるばかりか、おそらく無意味でしょう。
しかしながら、ひとつだけ確かなことがあります。
それは、我が山形県、そして我が国に生きる人々が、百年後にも破綻なく、幸せに暮らしていけるように願い、それが実現されること、であります。
そこで、皆さん、百年後を展望した「未来指向」の下で、「つくる」から「のこす」へ、私たちの発想を大きく転換しましょう。
職員の皆さんが策定する3年計画、5年計画、10年計画等諸計画は「つくる」計画そのものでした。
これからは、是非、「つくる」計画から「のこす」計画に、その本質的性格を転換しましょう。
無論、「のこす」ためには、「再生」しなければならないものも数多くあることでしょう。
しかし、大切なのは、子どもたちのために、今、何を「のこす」ことが出来るかを中心に据えて考え、取組むこと、であります。
そう考えると、
- (1)尊びながら自然とともに暮らす生活(「分かち合い」)
- (2)人と人のつながりを尊ぶ地域コミュニティの絆(「助け合い」)
- (3)域外からの人々にも暖かい風土(「育み合い」)
などが大切になります。
これが、「山形県人としての素晴らしさ」を大切にし、活かすこと、すなわち「のこす」こと、そのものであります。
まさに、「助け合い、分かち合い、育み合う“ふるさと山形”」づくり、そのものであります。
- <(3)「山形県人としての素晴らしさ」の「均霑化」>
第三に、「山形県人としての素晴らしさ」をどう広めるのか、すなわち、どう「均霑化」するのか。
「山形には何もないんだ、あるのは、米とさくらんぼ、そして蔵王ぐらいかな」
私たち山形県人の口から発せられる、こうした言葉を耳にすることは、間々ありがちです。
謙譲は確かに美徳ではあります。
しかし、それも度が過ぎると、必ずしも良い方向に作用しなくなることでしょう。
また、逆説的な言い方ですが、悪口を放って、その悪口を放った本人が、それを聞き及んだ人から評価、敬愛されることはまずありません。
この際、「山形県人であることの素晴らしさ」を、皆さんひとりひとりが、実感し、そして実話として、お互いに、語り合おうではありませんか。
そしてまた、域外の方々に対しては、宣伝下手を保守的県民性故と納得するのではなく、寧ろ、「お国自慢」として、大いに語り、そして説得しましょう。
このように、皆さん、「納得」から「説得」へ、私たちの発想を大きく転換しましょう。
特に、初めて山形県を訪れた方が最初に接する山形県人は駅前から乗ったタクシーの運転手さんである、とのケースが少なくないのではないか、などの点を踏まえると、「お国自慢」は、これもまた、県民運動に盛り上げていかねばなりません。
県外在住山形県出身者には、各方面で、大いに「お国自慢」を語っていただきましょう。
山形県に、お仕事で赴任した経験がある、配偶者が、また親戚が山形県出身者である、等といったあらゆるチャネルを活用し、山形県の「お国自慢」を語っていただきましょう。
特に、県職員の皆さんは、ひとりひとりが、山形県のセールスマンであり、セールスウーマンです。
工夫は様々な場面で出来るでしょう。
例えば、定例的・非定例的を問わず、会議の司会進行役は出席職員のうち最も若手が務めることとする、そして、会議の開始挨拶の冒頭、例えば、「私は、主事の山形花子、川西町出身、町の誇りでもあるダリア園の花が今満開です」といったように、「お国自慢」をさりげなく語ることとする、といった具合です。
全国で、なぜか、「山形県」のことを口にする人、お国自慢を聞いたことのある人、そして行ってみたい人、また実際に行ってみた人がとても多い ── 全国の多くの人が、そう感じるようになるためにも、「お国自慢」を県民運動にまで盛り上げていきましょう。
○おわりに
私は、丁度2年前、ここで「改革元年」を高らかに宣言し、「時間」と「コスト」を軸に据え、新しい発想、スピード感、そして決断力を持って、聖域のない県政改革を進める旨、述べました。
そして、昨年度、同じ場で、「『改革』断行・『時代』創進」を掲げ、「PDCA型」政策遂行とそのための「3F型」自律的組織経営に取組む旨、訴えました。
この2年間の県政運営の中で実感したのは、「本気で取り組めば、必ず結果が出る」との自信であり、確信です。
具体的には、県政史上初の県債残高減少であり、海外誘客の急増であり、全国情報公開ランキングの躍進であり、産業・安心安全等の面での近隣県との広域連携であり、知恵袋事業の具現化などに典型的に現れています。
そして、そうした結果は、とりもなおさず、職員皆さんの「意識の変革」であり、皆さんの「理解の深耕」であり、皆さんの「自律的な取組み」がもたらしたものであります。
確実に、県政改革の自律的な「いぶき」が庁内に見て取れます。それを「かたち」にしましょう。
本気で取組めば、結果は必ずついてきます。
それが、私の自信であり、確信に繋がっています。
今年度は「改革『深化』」の年であります。
(1)「『いぶき』をかたちにする」、(2)「『若者』を“やまがた”にひきつける」、(3)「『手触り感』のある県政」の3つを柱に、しっかり取組んでまいりましょう。
そのためにも、年明けに申し上げた通り、「GPS思考」、すなわち「大局・前向き・戦略」思考と、「現場主義の徹底」により、県民の皆様に対し、職員の皆さんの「本気度」を示すことが重要です。
それが、すなわち、県民の皆様からの県政に対する信頼に繋がるからであります。
その上で、「県のチカラ」は、「3つの力」と「県の意思」との掛け算であります。
そして、「県の意思」とは「山形県人であることの素晴らしさ」の「意識化」であり、「実践化」であり、「均霑化」であります。
そのためにも、私たちの発想を、
- (1)「ないものねだり」から「あるものさがし」へ、
- (2)「つくる」から「のこす」へ、
- (3)「納得」から「説得」へ、
大きく転換いたしましょう。
それを念頭に、
- (1)「世界文化遺産登録」
- (2)「食育」
- (3)「お国自慢」
などについて、県民運動として展開するために、機運を盛り上げてまいりましょう。
無論、そこでは、結果(output)と成果(outcome)とを峻別することにも留意が必要であります。
その上で、この新しい年度も、「本気で取組めば、結果が出、その積み上げを成果に繋げる」と信じ、その意気込みを持って、ご一緒に取組みましょう。
皆さん、「山形県人であること」を前向きに捉え、そして「山形県人であることの素晴らしさ」を実感し、大切にして活かし、そして、皆で広めましょう。
そうした取組みを通じ、「山形県人であることの素晴らしさ」が私たちの大きな自信と誇りとなることを確信いたします。
以上、私が、新年度初に当たり、「皆様と想いをひとつに」と訴える所以であります。
以上
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