於竹大日如来のお墓と井戸跡
<於竹大日如来とは>
江戸へ奉公にでていた庄内出身の女中「於竹」は、羽黒山へ参詣する行者の不思議な夢のお告げにより、「生きた大日如来である。」とされた。於竹は行者の訪問後、亡くなったが没後、奉公先の夫婦は於竹の等身大の大日如来を作り供養した。
寛容で慈悲深く、とても物を大切にする働き者の奉公人「於竹」の人柄、羽黒山行者の不思議な夢のお告げ、奉公先の夫婦の「於竹」へのやさしい心づかいなどの話が相まって、当時、「於竹大日如来」は、江戸庶民の間で一大ブームとなり、
「於竹大日如来」を参詣する者が絶えなかったという。ブームとなった江戸の町では、芝居、小説、講釈、錦絵などに描かれたという。
回向院で数度にわたる羽黒山行者により、出開帳も行われた。
五代将軍 徳川綱吉の母「桂昌院」も於竹如来を信仰した1人で於竹を歌にも詠んでいる。小林一茶の俳句にも詠まれ、坪内逍遥によっても上演された。
奉公先の夫婦の菩提寺、親族の菩提寺、ゆかりの地である山形県羽黒山に於竹をまつる施設が、今も残っている。
羽黒山正善院には、於竹の奉公先夫婦によって作られ、後に江戸から移されたとされる於竹の等身大の大日如来が安置されている。
於竹如来は、歳月とともに江戸の人々の記憶から次第に遠のくこととなったが、没後300有余年たった現在でも、一部の「於竹」を偲ぶ保存会や菩提寺等においては、毎年、於竹の命日とされる5月19日に於竹をまつる各種行事がとり行われている。
<お墓>
於竹大日如来のお墓は、東京都北区の善徳寺にあります。

・善徳寺(北区赤羽西6-15-21)
<井戸跡>
「於竹」が使っていたとされる井戸跡 は、東京都日本橋本町3-6-2 小津商店敷地内にあります。
~関連施設~
・心光寺(港区東麻布1-1-5)・・・於竹大日如来堂がある。・・於竹の遺品がある。
・羽黒山正善院黄金堂(山形県羽黒町)・・・等身大の於竹大日如来を安置。