新徴組(庄内藩)詰所跡
○新徴組(庄内藩)詰所跡 飯田橋1丁目 ホテルグランドパレス近く
現在、飯田橋商店街「歴史プロムナード」内に「新徴組屯所跡」の標柱がある。
文久2年(1862年)に出羽の浪人清河八郎によってつくられた浪士組は、新徴組と
名を改め、ここの武家屋敷を駐屯地として江戸市中の警備にあたりました。
清河は、幕府に進言し、浪士組をつくり将軍警護にあたります。
しかし、清河の本当の狙いは、幕府の意に反する浪士組による尊王攘夷の実行でした。
そのため、彼は、江戸で暗殺されてしまいました。
京に残った浪士組の一派が幕末の新撰組となります。
新撰組などが活躍した京都などと違い、江戸の幕末は比較的平穏で、新徴組が目立って活躍することはありませんでした。