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犯罪被害者(遺族)の声

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交通事故遺族の会 渡邊 理香


 

あの日まで、私どもにとって交通事故は全くの他人事でした。いえ、自分の家族にだけは降りかからない別世界の出来事だったのです。


2歳違いの兄を持つ娘は、幼いころから兄のお供で山形市のかもしかクラブ(未就学児のための交通安全教室)に通っており、彼女が年長になった時、私はその地域のクラブリーダーを引き受け活動することになったのです。そんな私の姿を見てか、娘は人一倍交通ルールを守るようになっており、主人が家の近くの細い道を手も挙げずに渡るものなら、「お父さん、道路を渡る時はちゃんと、右を見て左を見て、また右を見て手を挙げて渡ってね。」と注意するほどでした。かもしかクラブの修了書を私がこの手で娘に渡したとき、「お母さんは、かもしかクラブのリーダーさんなんだものね。」そう言って誇らしげに笑った娘の顔が、今も私の脳裏に焼きついているのです。


事故は夏休みを目前に控えた平成8年7月18日に起きました。その日子供たちは集団下校での帰宅となっており、目の前に迫った夏休みへの期待できっとわくわくしながら、それぞれの家路に向かっていたと思います。しかしそんな気持ちを打ち砕くかのように、その子供たちの列に突然車が突っ込んできたのです。横断歩道をちょうど渡り終えた直後の娘は、その車の直撃を受けてしまいました。もう一人近くにいた子供も飛ばされましたが、幸いその子は骨折ですみました。しかし娘は救命救急センターに運ばれたものの、事故から約二時間後にたった一人で旅立って逝ってしまったのです。私は救命救急センターに駆けつけたものの、目の前でだんだん冷たくなっていく娘の手を必死で摩ってあげることしかできなかったのです。目の前に娘がいるのにどうしてやることもできないのです。痛みを代わってやることも、抱いてやることさえも叶いませんでした。心が砕け散っていきました。そしてこの時から私の心の中の時計が時を刻むのを止めたのです。


事故状況もよくわからないまま、日にちだけがむなしく過ぎて行きました。私は、娘が事故に遭ったのは自分のせいだと、自分が何かしたせいだと自分自身を責めていきました。そして、もう何も口にできなくなってしまった娘のことを想うと、水さえも口にすることが罪悪のように思えできなくなっていったのです。娘を失った悲しみに耐えて生きていくのならば、いっそ娘の傍に行きたい、そう願う毎日が続きました。またそんな中、すぐに謝りに来ない加害者に対して交通事故に関して全くの無知だった私は、加害者はその場で捕まり牢屋に入れられているから来られないのだと勝手に思い込み、加害者にも同じくらいの子供がいると聞いて、同情さえしていたのです。しかしそれが間違いであったことが、その後徐々に明らかになっていったのです。


娘には何の落ち度もありませんでした。しかし、事故から一年半後に検察が出した答えは「不起訴」でした。「不起訴」というのは、加害者には何も罪がないということです。後で分かったことなのですが、加害者には糖尿病の持病があり、今回の事故はその治療を病院で受けた後の、帰宅途中に起きたということ、また事故後調べていくうちに、加害者には糖尿病の他にも、別の病気があったということが判明したのです。そして今回の事故は、そのどちらの病気が原因となって起こったものかはっきりしない、したがって嫌疑不十分ということで、「不起訴」になったということでした。納得がいくはずがありませんでした。そして、その別の病気については、加害者のプライバシーに関するということで、詳しく知ることは叶いませんでした。しかしその後私どもは、藁をもつかむ思いで検察審査会に申し立てを行い奇跡的にもそれが通り、加害者は在宅起訴されたのです。


裁判が始まれば、それだけを願いそれまで必死で生きてきました。しかしその裁判も、決して私たちの心を癒してくれるものではなかったのです。確かに裁判が始まったことにより、それまで何も知ることのできなかった事実を知ることはできましたが、それによって心の傷が深まることも確かでした。加害者は事故の時何も分からなかったと無罪を主張し続け、一言の謝罪もなかったのです。しかし裁判が進むにつれ新たな証拠が出され、事故前に加害者が体調の変化に気づいた時点で、適切な処置を取れば今回の事故を回避できたとして、執行猶予付きの有罪判決が加害者に言い渡されたのです。そしてその日は、偶然にもすでに事故から4年近く過ぎた、娘の10歳の誕生日だったのです。


子供の命を守るというのは、大人の義務だと私は思います。ましてや自分の子供を危険な目にあわせたいと思う親などいません。だからこそもう一度考えてほしいのです、ハンドルを握ることの重さを。「自分だけは、自分の家族だけは大丈夫。」そんなことは決してありえないのです。なぜ飲酒運転がいけないのか、罰則が重くなったからではないはずです。これは自殺行為でもあり、なにより車という凶器を使った殺人行為にほかならないのです。そして、「事故だから、故意ではないのだから、」この言葉にこれまでどれほど多くの交通事故被害者、そしてその遺族が涙を呑んできたことでしょう。交通事故であってもかけがえのない家族を奪われた悲しみ、苦しみに変わりはないのです。その点についてもう一度考えてほしいのです。


最後に、ここ数年の被害者を取り巻く社会的状況の進歩には、確かに目覚ましいものがあると思います。しかしまだまだ地方においては被害者支援への認識の低さからくる、被害者感情に対しての配慮不足があることも現状のようです。どこで、いつ、どんな被害にあっても同じような支援を受けられる体制作りが、早期に実現されることを願ってやみません。


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