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山形警察署のあゆみ

写真で綴る山形警察署の歴史

各写真をクリックすると、拡大してご覧いただけます。

創立から山形警察署まで

この頃の写真を発見することはできませんでした。

当時の写真をお持ちの方は、是非お貸し願います。またご存知の方は、写真の所在をご教示願います。

これ以降の写真についても、お持ちの方は、是非お貸し願います。

創立

明治9年9月7日、山形市七日町(現在の大沼デパート北隣り)に家屋を借り上げ、「警察仮出張所」を開設しました。警察事務は翌9月8日より取扱いました。

山形警察署の創立です。

(明治9年9月7日、山形県布達第六拾三号を参照して下さい)

(注:創立に関して「山形警察署に関する古文書、山形警察署の創立について」をご覧ください。)

名称の変更

明治9年10月30日には、名称を改め、「警察所」と呼ぶことになりました(「山形」を冠しません)。

(明治9年10月30日、山形県布達乙第五号を参照して下さい)

山形警察署へ

明治10年2月14日に、更に名称を改め、「山形警察署」となりました。

(明治10年2月14日、山形県布達乙第一四号を参照して下さい。)

以降「警察署」の名称は、今日に至るまで変更されていません。

山形警察署の庁舎の変遷

明治14年頃の山形警察署

明治11年7月31日

山形市旅篭町角屋敷(現在のマンションはたごまち所在地)に50坪の土地を買い上げ、36坪(建坪)の新庁舎を新築しました。

右の写真は明治14年頃の山形警察署の写真とされるものです。写真の奥にあるのが山形県庁ですので、山形警察署は左前にある白い二階建ての建物と思われます。

明治16年に新築した山形警察署

明治16年

その後庁舎が狭隘となったことから、明治16年(月日は不祥です)に更に隣地280坪を購入し、庁舎を新築しました。

右の写真は明治16年新築後の写真です。

(原画は北海道大学付属図書館所蔵)

明治34年に新築した山形警察署

明治34年8月7日

歳月の経過とともに庁舎が狭あいとなり、山形市旅篭町山形師範学校所属地(現在の七日町献血ルーム、山形県こども館所在地)644坪に新築しました。

しかし、明治44年5月8日の大火で類焼し、その後は山形市六日町武徳殿で事務を執りました。

明治45年に新築した山形警察署

明治45年7月25日

山形市旅篭町字雁島(現在のマンションはたごまち所在地)に建坪68坪(鉄網コンクリート、スレート葺き2階建て)の近代的庁舎を新築しました。

昭和11年に新築した山形警察署、写真は昭和47年頃に撮影。

昭和11年9月20日

庁舎が老朽・狭あい化したことから、山形警察署建築協賛会等の手により山形県庁構内西北角(現在の湯殿山神社所在地)に鉄筋コンクリート3階建、一部5階建、総面積1,537㎡(約465坪)の庁舎が新築されました。

右の写真は昭和47年頃に撮影した写真です。

昭和12年当時の警察署の定員は94名でした。(昭和12年山形警察署沿革誌)

昭和11年の山形警察署新築落成式の写真

落成式

右の写真は昭和11年の山形警察署落成の記念写真です。

制服は軍服に似ており、サーベルを所持しています。

当時が偲ばれます。

昭和51年から昭和62年までの山形警察署。写真は昭和62年撮影。

昭和51年9月6日

昭和50年に県庁舎及び警察本部庁舎(旅篭町三丁目)が松波二丁目(現在の県庁・警察本部所在地)に移転することとなり、その機会にその跡地利用の抜本的検討がなされました。

その結果、山形警察署の新庁舎建設用地が決定するまでの間、旧警察本部庁舎(現在の文翔館の東隣り、山形県営駐車場所在地)に仮住まいすることになりました。

昭和51年当初の定員は284名でした。(昭和50年度沿革誌より)

現在の山形警察署

昭和62年7月25日

昭和54年、山形市松山一丁目1番23号所在の県立山形中央高等学校が移転新築されることとなり、その跡地が交通要衝の地にあるなど、警察署としての立地条件が満たされているところから、警察署新築の最適地と決定され、3年工期により完成しました。

(現在の庁舎の敷地は4、618坪、庁舎本体の総坪数は2,048坪、附属棟813坪です。)


 

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