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山形県ふるさと工芸品を育んだ3つの特徴

山形県ふるさと工芸品について
山形県ふるさと工芸品を育んだ3つの特徴
  • 豊かな自然資源
    鳥海、月山・朝日、飯豊、吾妻、蔵王などの名峰をもつ山形県は、県土の72%が森林という自然豊かな大地です。古くから人々は日々の暮らしの中で自然の産物である樹木や植物を利活用した生活用具を作ってきました。国の伝統的工芸品指定を受けている「羽越しな布」をはじめ、漆塗りや和蝋燭、和紙やつる細工などは樹木(果実)を利用し、また内陸部を中心に盛んに栽培された青苧(あおそ)や紅花などの植物は、藩政時代の重要な商品作物でした。このような、地域に根ざし製作、生産されてきたものが先人から受け継がれ、ふるさと工芸品として今日に至っています。
  • 特色ある4つの地域性
    全国第9位という広大な面積をもつ山形県は、朝日連峰と出羽山地によって、四方を山に囲まれた内陸部と、日本海側の庄内地域(2市3町)に分かれています。内陸部はさらに南から北へ置賜地域(3市5町)、村山地域(7市7町)、最上地域(1市4町3村)の3つに分かれ、これら4地域は300年にわたる藩政時代を経て、特色ある地域文化をそれぞれに生み出してきました。置賜地域の旧米沢藩による「米沢織」と「成島焼」、村山地域の天童織田藩による「天童将棋駒」、最上地域の新庄戸沢藩による「亀綾織」と「東山焼」、村山地域の長瀞(ながとろ)藩による「上の畑焼」など、各藩が藩政時代に興した工芸品も数々あり、一大産業に発展した「置賜紬」や「天童将棋駒」は、現在も地域の大切な基幹産業として受け継がれています。また、藩政時代初頭に最上義光(よしあき)が大規模な城下町造成を行って職人町を整備した山形城下(村山地域)では、その後、領主が交代する中でも諸職人を優遇する風潮が受け継がれ、さまざまな工芸品の発達を促しました。
  • 最上川舟運と西廻り航路
    県南の吾妻連峰に源を発し、内陸3地域を流れ、庄内平野を横断して日本海に注ぐ最上川は「母なる川」と呼ばれ、かつて、県内4地域を結ぶ「最上川舟運」として栄えました。内陸部で広く栽培された、紅染めや口紅の原料となる紅花や、織物の材料となる青苧(あおそ)は、最上川を下って酒田湊まで運ばれ、そこから千石船などの海船に積まれて「西廻り航路」で京・大阪の上方や江戸に送られました。帰り荷として、上方などから酒田湊に運ばれた商品は、最上川を上って内陸部の各地域に持ち込まれました。この最上川舟運は、商人の力を増大させて各地の経済力を拡大させただけでなく、全国の優れた技術や文化をもたらして職人の技術力を向上させるなど、工芸品の発達・発展にも大きな影響を与えていきました。


 

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