平成22年度北方四島交流教育関係者訪問事業 報告
1 訪問期間
- 平成22年7月30日(金)~8月2日(月)
2 訪問島
- 今回の交流事業では、択捉島を訪問しました。

3 日程
- 7月30日(金) 根室港出港、国後島(古釜布(ふるかまっぷ)沖:入域手続)、択捉島へ
- 7月31日(土) 択捉島・紗那(しゃな)上陸、行政府幹部訪問、博物館見学、墓参、ホームビジット、交流イベント参加など
- 8月1日(日) 択捉島・別飛(べっとぶ)上陸、ギドロストロイ社水産加工工場視察、教育関係者との意見交換会参加など、国後島へ向け出港
- 8月2日(月) 国後島(古釜布(ふるかまっぷ)沖:出域手続)、根室港入港
4 訪問報告
- 今回の訪問団は教育関係者、青少年を中心に構成され、全国から約60名が参加。
- 本県からは、佐藤彰さん(山形市教育委員会指導主事)が参加。
- 以下の報告は、佐藤さんの訪問報告です。

(1) 交流事業
- 交流事業の内容を報告します。
① 行政府幹部を訪問 於:紗那(しゃな)の芸術学校
- ボンダリ地区行政長を訪問。
- 記念品として、日本側からは時計を贈呈、ロシア側からはマトリョーシカが贈呈。
- ボンダリ地区行政長からは、「訪問を心待ちにしていた。学校は夏休み中であるが、交流会に向けて教育関係者が参加できるようにしている。」と歓迎の言葉があった。

② 博物館見学
- 博物館を見学。
- 歴史的な遺物や自然科学に関わる展示物などについて、トルスティニョワ館長が説明。
- 「日本人が住んでいた頃の・・・」というように、交流事業の意図をくんだ説明もあった。

③ ホームビジット 於:オクセニュクさん宅
- 水産会社の副社長オクセニュクさんの宅を訪問(旦那さんは仕事の都合で、始めは奥さんとお姉さんが対応。)。
- アパートの外装はお世辞にも綺麗ではなかったが、室内は大変豪華。調度品に溢れ、家電製品は韓国製が中心。
- 食事の準備、言葉の壁で、最初はお互い緊張気味。
- 食べきれないほどのもてなし(ボルシチ、チキンパイ、サラダ、オヒョウのマヨネーズ和え、海草の煮物(?)、いくらのオードブル、黒パンなど)。
- 写真でお互いの家族を紹介するなど、楽しい一時を過ごした。

④ 交流イベント 於:芸術学校前の広場
- 芸術学校前の広場で、交流イベントを開催。
- 日本側からの出し物として、ストリートダンスや合唱を披露。
- 交流を図るため、ホッケーのスッティックによるドリブル競争、目隠しにより洗濯バサミ取り競争などのゲームを行う。

⑤ 教育関係者 意見交換会 於:紗那初等中等学校
- 紗那初等中等学校において、教育関係者、青少年が分かれて意見交換会を開催。
- 教育関係者の意見交換会では、シュプル地区教育課長が、「領土問題は政治に任せて、我々は教育についての交流を深めましょう。」との歓迎の言葉。各交流で、判を押したように、このような言葉が聞かれた。
- 教員の休暇や勤務条件、採用のあり方などの教育システムの話題、教育目標などの話題などの意見交換がなされた。
- ロシア側からの「日本はロシア人のことをどう思っているか?」との問いに、日本側は「ロシアも含めた世界各国と平和的な友好関係を築くことを教育の目標としている。」と回答。
- 逆に日本人の印象を訊ねると、「日本人は時間に厳しく、勤勉な国民。勤務時間外でも働いている教員がその例。一方、何を考えているかよくわかなないこともある。」との答えが返ってきた。

(2) 択捉島の状況
- 最新の択捉島の風景や生活状況等を紹介します。
① 択捉島
- 内岡(なよか)湾海上からみた風景。手つかずの海岸線がとにかく美しい。

② 交通事情
- 道路は舗装されているところは少なく、ほとんどの道はでこぼこ。雨が降るとすぐ水溜りができる。晴れて乾燥すれば、砂埃が舞う。
- 悪路が多いため、日本のRV車が多く見られた。経済的な潤いが感じられるものの、一方で、徒歩で工場へ通勤する人も多く見られた。

③ 住居
- 廃墟となった建物もあった。すぐ隣では廃棄物が野焼きされ、ゴミが堆積している場所も。環境に対する意識は乏しいと感じた。
- 外装が痛んだ建物があるものの、外装も綺麗な一戸建ての住宅も見ることができた。
- なかには、カラフルな集合住宅が建ち並んでいる箇所も。最近、病院も新しく建設された。

④ 工場
- 択捉島の大企業といえば、水産業と建設業を中心に多角経営を行っているギドロストロイ社。
- 内岡(なよか)湾から見えるギドロストロイ社の水産加工場(左写真)には、ロシア語で「ようこそクリルへ」(たぶん・・・)の看板も。
- しかし、外国人が訪れることがない別飛(べっとぶ)の水産加工場(中央写真)では、「クリルはロシアのもの」との看板が掲げられている。
- 別飛(べっとぶ)の加工場にあるサハリン州の旗(右写真の中央の旗)には、北方領土の地図があり、北方領土はロシアのものであることを示している。

⑤ 商店
- 紗那(しゃな)の街には、商店が幾つか建ち並び、日本でいうスーパーもあった。
- 店内の品揃えは充実しており、一通りの食材が揃っている、この状況をみても、現在の択捉島の経済状況が見て取れる。

⑥ お墓
- 紗那(しゃな)にある墓地。 日本人の墓石もあり(右写真)、日本からの墓参団も訪れる。

(3) 訪問を終えて
- 色丹島、国後島と比べて友好色の薄い択捉島であるが、今回は、急遽予定を変更して別飛(べっとぶ)見学を準備してくれるなど、かつての訪問団と比べてもロシア側の対応が良かった。
- クリル発展計画により資本が投入され、ギドロストロイ社の隆盛による経済的な発展が随所から感じられるが、この状況は四島返還に良い影響を与えるとは考えがたい。
- 下の写真は、内岡(なよか)湾の様子である。奥にそびえる山々の雄大な自然。手前の港にはギドロストロイ社の建物が建ち並び、港湾設備も建設。この一枚に、現在の択捉島の状況が集約されている。
- 地元の方々、教育関係者との交流は、相互理解を図るうえで、大変有意義な機会であった。
- だが、ロシアが実効支配を続ける択捉島。我が国固有の領土である土地が、今活況を呈しつつある。この由々しき事態が即座に打開されることは困難であろうが、好転すべき道は、国論の醸成に尽きると感じる。
- そのためには、教育を通して、正しい歴史認識を持たせることや、実際に見聞きした者が情報を伝えることも大切であろう。
- 北方領土問題を若い世代に引き継ぐことは、大人、教育者が日本国民たる使命とも言えよう。

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