映画監督 根岸吉太郎さん

東北芸術工科大学に新設された映像学科の教授になって、昨年の4月から山形に通っている。準備期間を含めると、1年以上山形通いだ。
水曜日の1時限に僕の教えている講義がある。そのために朝、8時に大学に向かうバスを待っていた。北風の吹く寒い山形駅前のベンチだ。自転車で通りかかった女性が僕の顔を見ている。「根岸監督ですか」と声をかけてきた。「……はい」「寒くないですか」「ええ、大丈夫ですよ」「……頑張ってください」「ありがとうございます」
まるで小津安二郎の映画の中でよくかわされる日常の挨拶だ。それ自体がストーリーを運ぶことはないが、彼の映画なら人の心の中の静かな喜びや悲しみや諦めや希望をかいま見せる。もちろん小津の映画のように高尚ではないが、どうということのないありきたりの会話のおかげで、僕は山形にとけ込んでいる自分を感じる。
モントリオール世界映画祭で監督賞を受賞してテレビや新聞に取り上げられたために、少しは山形の人々に顔を覚えてもらった。同時に市内の映画館などでも映画講座を開いたり、『ヴィヨンの妻』の試写会や舞台挨拶などを通じて沢山の人に接する機会もあった。そうした1年の月日が、冬の朝の会話につながっているのだ。
時間を駅前のベンチに戻そう。女性は自転車で去っていき、僕はバスに乗って大学に向かう。バスの窓外は次第に街並みが消え、細かく何度も曲がりながら住宅地を抜けると、いきなり蔵王の山並みと大学の校舎が見えてくる。
すっかり、僕にとって見慣れた景色になった。その見慣れた景色だからこそ、細かい自然の変化に敏感になる。たとえ1週間でも間が開くと、山肌の緑は大きく変化を遂げている。桜が咲き、新緑に山が覆われる。日に日に葉の濃さが増して、大学が深い緑に包み込まれている。夏休みが終わると教室の窓から見える景色の中に、黄や茶や赤がぽつぽつと混じりだし、一気に勢力を広げていく。飽きることのない自然の変化だ。
この蔵王の自然に向きあったときに僕はいつも、初めて大学を訪れた日のことを思い出す。(そのときはまだこの大学で教えるか決めていなかった。)キャンパスに立って蔵王の山並みを背に出羽三山に向いあったときに、この場所を僕が必要としていると思った。大学(この場所)が僕を必要としているのではなく、僕がここを必要としているのだ。理屈ではなく、山形の蔵王の自然の気に身体が反応したのだ。
自分の細胞が少しはここで甦るような気がしたのだ。僕の一部が新たに生まれる。ここには何かを生み出す力がある。もちろん人を生み出す力もある。
よく「どうして東北の大学を選んだのですか」と人に訊かれる。その答えは山形の自然に他ならない。今までも東京や他の大都市の大学からも誘いはあったが、はじめて学生に教えようという気になったのは、山々が僕に語りかけてきたからだ。
今、その山々もキャンパスも白い雪に覆われている。色彩の微妙な変化を楽しませてくれた自然もすっかりとモノクロームの世界になってしまった。いきなり世界が白くなっていくときに、ちょうど僕は大学の自分の研究室から窓外を眺めていた。雪が風に舞いながら景色を塗っていく。
「ああ、四季があるのだ」と思った。1年に1度、すべてが真っ白に覆われる土地にしか、本当の四季はないのだと思った。すべての景色を白にリセットして、完全な四季が始まるのだ。
もちろん何度も雪の深い土地で撮影をしてきた。しかし、情けないことに、1年間細かな変化も感じながらこの土地にいることによって初めてわかったのだ。
山形のこの地は次に何を僕に教えてくれるだろう。僕はたいしたことは学生に教えないだろう。映画は教わるものではない、ということぐらいしか、教えられないかもしれない。それでも、この土地や人や学生が新しい何かを、僕に見つけさせてくれるはずだ。だから、寒い朝でも僕はバスを待っている。
- 根岸吉太郎
- 1950年東京都生まれ。1974年早稲田大学卒業後、日活に入社し藤田敏八、曽根中生に師事。1978年に監督デビューし、1981年『遠雷』でブルーリボン賞の監督賞と芸術祭奨選新人賞を獲得。現在、東北芸術工科大学映像学科学科長。
- 主な作品 『探偵物語』、『永遠の1/2』、『雪に願うこと』、『絆』、『サイドカーに犬』、2009年モントリオール世界映画祭最優秀監督賞受賞『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』他。
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