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庄内映画村(株) 宇生雅明さん

いま、山形から・・・ 寄稿このひと 庄内映画村株式会社 代表取締役社長 宇生雅明さん

 庄内に初めて入ったのは、もう一昔前の話になった。2001年も押し迫った12月。映画「蝉しぐれ」の脚本を持ち、制作費用をホームページで集めようという黒土三男氏の依頼を受け、藤沢周平氏の郷里、山形県鶴岡市を訪れた。

映画「蝉しぐれ」での撮影風景

 その前日、西川町で開かれた山梨県のまちおこし研修旅行に参加し、翌日鶴岡市に向かう旅程を立てた。この会で偶然、座長の松田義幸先生(現:尚美学園大学学長)から、旧庄内藩主酒井家18代目酒井忠久様を紹介され、鶴岡市の致道博物館を訪れた。別れ際、黒土三男氏が執筆した「蝉しぐれ」の脚本を差し上げた。この脚本が発端で、庄内地方で数々の映画を撮影することになろうとは、この時夢にも思わなかった。

 その日、藤沢周平氏とも縁のある湯田川温泉に宿泊した。翌朝、もやの掛かる庄内平野を見たとき、「蝉しぐれ」はこの地でこそ撮影すべきだと強く感じ、もっとこの庄内地方を知りたいと思いつつ、自宅の山梨に戻った。

 脚本は酒井忠久様から電通の大島専務(当時)の手に渡り、四ヶ月後電通から映画の打合せをしたいと連絡が入り、急きょ映画化に向けて動き出した。

映画「十三人の刺客」での撮影風景

 映画「蝉しぐれ」の撮影は、資金不足で困難を極めた。時代劇としては当時破格の制作予算が付いたが、黒土三男監督の理想とする映像を作りあげるためには更に1億円の予算が足りなかった。このことを、酒井様をはじめ地元の方々にお話しし協力を仰いだ。この時の地元の人たちの協力は凄かった。宿泊する旅館・ホテルは、無料もしくはシーツ代ほど、スタッフが使用する車は無料。3食のロケ弁は実費で提供してくれた。撮影途中炊き出しも毎日のように出て、過酷な労働をするスタッフ達が始終口を動かし太ったほどである。庄内の方達のお陰で映画「蝉しぐれ」はピタリと予算にはまり、奇跡と言われた。

映画「おしん」、おしんの生家での撮影準備が着々と進む

 誰かが困っていれば、損得抜きで動いてくれる。この地域の方達の心意気だとしみじみ感じたのは、その後何本もの映画を撮影してみての事だった。日本人の心の原風景を見ているような気がした。「おくりびと」が日本初のアカデミー賞に輝いたとき、“映画の神様が、この方達にご褒美をくれた。”本当にそう感じた。

 庄内地方は、東に月山、北に鳥海山を望み、西は日本海が広がる。海からは新鮮な魚介類が揚がり、平野からはおいしいお米が取れる。地元で取れる新鮮な野菜を味わった撮影スタッフ達は「野菜ってこんなに美味しいんですね。すっかり庄内が大好きになりました」と庄内ファンになって東京に帰っていく。これも地元の方達がまじめに土地づくりをし、親身になって野菜を世話しているからだ。庄内人気質が作りあげているたまものなのだ。

 そしてこの庄内を中心に映画「おしん」が2013年2月15日クランクインした。一面の銀世界に地吹雪が吹き荒れる厳しい風土とそれをも凌ぐ温かい心に包まれて、また山形から伝説の物語が誕生する。

 

プロフィール

宇生 雅明うじょう まさあきさん:1951年、長野県長野市生まれ。山梨県八ヶ岳山麓、標高1200mに在住。

1985年、東京でIT企業「ベター・ビジュアル・システムズ」を設立。多くの企業の管理業務を行い、現在に至る。2001年、映画「蝉しぐれ」のシナリオを持ち、初めて庄内に入り、2006年に庄内映画村株式会社を立ち上げる。以後、「おくりびと」をはじめ数多くの映画の庄内プロデュースを担当する。

現在は、映画「おしん」(2013年秋公開予定)の制作を担当。撮影及びIT企業打合せのため、庄内、東京、山梨を行き来する。

「庄内映画村」公式ホームページ


 

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  • 平成25年3月1日公開

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