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ひろすけ童話の世界にふれる「浜田広介記念館」

いま、山形から・・・ 山形漫歩 ひろすけ童話の世界にふれる「浜田広介記念館」

 山形県の南部、置賜地方に奥羽の美しい山並みに囲まれた高畠町があります。1,000編もの童話・童謡作品によって日本のアンデルセンと称された童話作家浜田広介は、「まほろばの里」高畠に生まれ育ちました(「まほろば」は、「丘や山に囲まれた稔り豊かな住みよいところ」という意味の古語「まほら」に由来します)。

 

浜田広介一筋の道
浜田広介の年譜。生い立ちからひろすけ童話の背景にあるものを知ることができる。

 「ドコマデモ キミノ トモダチ」。ひろすけ童話の代表作「泣いた赤おに」のラストに青おにから赤おにへ残した言葉です。浜田広介の童話は、相手を思いやる心と優しさに溢れており、子どもだけでなく、大人にも読まれ、愛されています。

 浜田広介は、明治26(1893)年、山形県東置賜郡屋代村(現高畠町)に農家の長男として生まれました。美しく、豊かな恵みを与えてくれる自然は、時に厳しくもあり、特に東北地方の冬は雪に閉ざされます。そんな冬の夜に、自宅の囲炉裏の火のそばで、幼い広介は、母や母方の祖母からいろんな昔話を聞き、それが後に文学を志す礎になったと言われています。

「泣いた赤おに」の直筆原稿。

 少年時代より少年雑誌に作文や詩を投稿し入選しました。米沢中学校(現山形県立米沢興譲館高等学校)時代には、学内の作文コンクールで一等賞を受け、この頃から短歌も作り始めました。広介の作品に見られる独特の七五調のリズムは、短歌の影響と言われています。

「泣いた赤おに」が掲載された雑誌。

 そして、最愛の母と別離し、生家が破産し経済的に厳しい状況になったのもこの中学時代です。大学に進学したものの、貧しい学生時代は、懸賞小説に応募して得た賞金を学費と生活費に充てていました。大学4年生の時に「黄金の稲束こがねのいなたば」が懸賞新作お伽噺おとぎばなしに一等入選。選者より作品の根底にある善意性を賞賛されました。これをきっかけに独自の幼年童話を確立し、以後、童話一筋に「ひろすけ童話」と呼ばれる1,000編もの作品を創作していきました。「呼子鳥よぶこどり」や「椋鳥の夢むくどりのゆめ」などの作品では、別離した母を思慕し、自分の境遇に感じた寂しさが織り込まれています。

 広介は、掲載する雑誌の読者にあわせ何度も童話を書き直したため、『浜田広介全集』(1976年)はあるものの、いまだ定本がないとも言われています。「泣いた赤おに」の題名も、何度か変わっています。(題名の変遷:「おにのさうだん(そうだん)【絵雑誌「カシコイ二年小学生」1933年】」→「鬼の涙【雑誌「童話童謡」1934年→「泣いた赤おに【『ひらかな教訓お伽噺』1937年】)

 

ひろすけ童話の世界

 地域に親しまれ、高畠町の名誉町民にもなった広介に対する敬愛と感謝の気持ちを何か形にしようと、地元の「ひろすけ会」など地域の方々の声をうけて、平成元年、広介の誕生日である5月25日に「浜田広介記念館」がオープンしました。

玄関に入ると赤おにが迎えてくれる。

 記念館の玄関を入ると、広介の母校(現高畠町立第二中学校) の生徒が制作、寄贈した赤おにが出迎えてくれます。

おはなしの木

 展示室に入ると、見て、聞いて、感じることができるひろすけ童話の世界が広がります。おはなしの木は、オブジェの根元に2人ずつ腰掛けて、それぞれヘッドホンを耳に当て一緒に朗読を聞くことができます。また、ページがパタンパタンと自動で変わるパタパタ絵本で「黄金の稲束」を読んだり、マジックスクリーンでは、「ある島のきつね」をナレーションと立体的な映像で楽しむことができます。広介自身が、数ある作品の中でも最も好きな作品の一つというこの物語。きつねの可愛らしさと優しさに引き込まれていきます。

 童話ルームのマルチスライドでは、30分おきに、「泣いた赤おに」と「りゅうの目のなみだ」が上映されています。「泣いた赤おに」は、女優で演出家の長岡輝子さんが朗読する声に包まれ、童話を読むのとは違った感動を与えてくれます。

 広介の直筆原稿や遺品が展示してある、「一筋の道」コーナー。広介の生い立ちから生涯にわたる年譜や書簡を見れば、広介の人となりを知り、ひろすけ童話の背景をより感じることができます。

樋口隆館長

 高畠町生まれで、広介と同じ小・中学校と高校の卒業生という館長の樋口隆さんは、「広介先生は、帰郷すると地域の人々からいつも親しく声をかけられ、敬愛されてきた人。先生は、地域の誰に対しても常に丁重に応じていらっしゃったそうです」と言います。小学校の創立記念日に来校して話をした広介の、優しい語り口を今も覚えているそうです。

赤おにカレー・青おにカレー、ゼリー、クッキーなど童話にちなんだ製品を販売。

 「「泣いた赤おに」は、平成23年に公開されたCGアニメーション映画『friends~もののけ島のナキ~』の原案としても知られています。この童話は多くの方に知られていますが、作者が浜田広介ということを知らない人も多いようです。記念館に足を運んでいただき、逆境の中に生まれ、世に送り出された「やさしく、強い」童話の世界にふれ、作品に込められた浜田広介の思いを感じていただきたいです」と樋口館長。

布絵本の柔かさが、ひろすけ童話の魅力をより一層伝えてくれる。

 展示室でひろすけ童話の世界にひたった後は、オープンスペースにある売店、喫茶コーナーでひと休み。売店では、記念館でしか購入できないオリジナルグッズや、様々な作家が挿絵を手がけた「泣いた赤おに」をはじめとするひろすけ童話、お土産にも喜ばれる赤おにカレー、ゼリーなどもあります。赤おにソフトクリームもおすすめです。

 また、オープンスペースには、地域の方々による手作りの布絵本があります。ひと針ひと針、心を込めて縫ってあり、童話の優しさとともに、作り手の温かさが伝わってきます。

 

広介生家
浜田広介の生家

 敷地内には平成12年に移築、復元された広介の生家があります。江戸時代末期に建築された木造平屋建ての家屋からは、当時の生活をうかがうことができます。広介が生まれてから15歳まで育ったこの生家には、幼い頃母と祖母から昔話を聞いた囲炉裏や落書きが残る板戸があります。また、奥には、東京で執筆した広介の書斎が再現され、愛用の品が展示されています。ここで、地域のサークルによるひろすけ童話の読み語りや昔語りが開催されています。

童話「マスとおじいさん」の彫刻。他にもあちらこちらに石の彫刻があり、それを探すのも楽しい。

 広い庭には、あちこちにひろすけ童話にちなんだ石の彫刻があったり、童話に出てくる草木も植えられています。庭の手入れや環境整備には、地域のボランティアグループの積極的な協力があり、布絵本、読み語りと記念館の運営に地域が深く関わっているのも、浜田広介が故郷の人々に愛されているからでしょう。

板戸に残された落書き。「ハマダ」と書いてある。

 四季折々に美しく、広介の愛した故郷の自然を感じることができる浜田広介記念館。ひろすけ童話の思いやりと優しさで満ちた記念館で、ひと時日常を離れ、心が潤うような、ひろすけ童話の世界にひたってみてはいかがでしょうか。

 

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お問合わせ・取材協力

浜田広介記念館 山形県東置賜郡高畠町大字一本柳2110番地 Tel:0238-52-3838

 

 

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  • 平成24年11月16日公開

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