ホーム > 組織で探す > 総務部 > 秘書広報課(広報室) > 広報室 > メールマガジン「いま、山形から・・・」 > シリーズ企画 > 山形の若者 > 映画「いしゃ先生」主演 平山あやさん

映画「いしゃ先生」主演 平山あやさん

いま、山形から・・・ 山形の若者 映画「いしゃ先生」主演 <ruby><rb>平山</rb><rp>(</rp><rt>ヒラヤマ</rt><rp>)</rp></ruby>あやさん
(平成27年11月20日掲載)

 山形県大井沢村(現西川町大井沢)に実在した女医・志田周子しだちかこ。無医村だったふるさとで、村人の命を守り、暮らしを支え続けた一人の女性の姿を描いた山形発の映画「いしゃ先生」が、山形県内で11月7日から先行上映されています。映画で志田周子を演じた女優の平山あやさんに、作品と山形への想いを伺いました。

実在の人物を演じる不安、役へのプレッシャー
 

 志田周子が女医として活躍したのは昭和初期。雪が3mほど積もる県内屈指の豪雪地域、西川町大井沢が映画の舞台です。当時は車もなく交通網も整備されていないため、冬は深い雪で閉ざされ、日本のチベットと揶揄されるほどでした。そのようなへき地では冬に設備の整った病院で診察を受けるために、患者を箱ソリに乗せ、数十㎞も人手を借りて山を下らなければならない、大変な時代でした。「いしゃ先生」にはそのような時代背景があります。

大井沢では当時、医療費を払えないことを理由に、診察を受けない家が多かったという。

Q.主演が決まったときのお気持ちを聞かせてください。

平山 「私自身お医者さんの役は初めてで、それも実在したこのような素晴らしい方の役を演じられるのか不安もありましたが、残っている写真や映像を見せてもらい、志田先生のイメージを膨らませて撮影に入りました。撮影に入ってからはむしろ考え過ぎずに、思ったままに演じた方が伝わるだろうとの思いで、志田先生の役を演じました。

 撮影では、元々あった場所に時代のイメージと合わせて診療所を作っていただき、机や椅子も本当に志田先生が使っていたものをお借りしました。今と全く違う当時の医療器具は、使い方も難しかったのですが、衣裳やメイクも当時をできるだけ再現しており、現場の雰囲気から自然と生まれてくる言い回しや感情がたくさんありました。」


 

映画を彩る美しい山形の自然と建物

 「いしゃ先生」はすべての撮影が山形県内で行われました。映画のために甦らせた大井沢の診療所や、実家は鶴岡市にある茅葺屋根の多層民家(山形県指定有形文化財)を使い、村人とのシーンは山岳信仰が伝わる湯殿山神社で、志田周子が保健分野の最高賞といわれる保健文化賞を東北で初めて受賞するシーンは山形市にある山形県郷土館「文翔館」で撮影されました。そして、撮影スタッフが季節を追って1年がかりで撮影した山形の美しい自然もスクリーンに映し出されます。

「厳しい冬の撮影も地元の方の料理で心も温まり、支えになりました」と平山さん。

Q.これまで山形に来られたことはありましたか?

平山 「山形はこの映画で訪れたのが初めてです。映画のロケは、平成26年10月頃と平成27年2月の2回に分けて行いました。一つの映画撮影で、秋と冬、山形の二つの季節を楽しめたことになりますね。特に冬のロケでは、雪道を走るシーンや、吹雪の中で患者を病院へ搬送するシーンを撮影したのですが、とても寒かったです。私は栃木県出身なので、気持ちの準備をしてきたつもりでいましたが、山形の冬を体感すると、このようにたくさんの雪が積って、こんなに寒いんだと驚きました。

 撮影現場では地元のお母さんたちがいつも準備してくれた料理に救われました。芋煮、玉こんにゃくなど、山形の料理をいっぱいいただきました。それから、お米がとっても美味しかったです。どれもおいしくて、いつも食べ過ぎてしまいました(笑)。」


 

一人の女性として生きるより、村人の命を守る医者へ

 志田周子は、26歳の医者になったばかりの時、想い人を残して東京から故郷の大井沢へ戻り、村で医者として活動を始めます。そして、医療への偏見、村人からの拒絶、両親の死…、自身に降りかかる数々の試練に耐え、乗り越えながら村人の命を守ることに精力を注ぎます。

共演の上野優華うえのゆうかさんとのワンシーン。上野さんは診療所で働く助手の幸子役を演じ、主題歌も歌う。

Q.同じ女性として志田周子さんをどう思いますか?

平山 「この映画をきっかけに志田先生を知ったのですが、とにかく芯が強く、格好良い。なかなかこのような女性はいないなと思うくらい覚悟がある方です。そして見習わなければならない部分がたくさんあると思います。楽しいことだけじゃなく、悲しいこと、辛いことも背負いながら、医者として村人を助けるという、自分で決めた目標に向かって突き進む、本当に強い人だと感じました。女性としての夢、たとえば結婚して子どもを産みたいという気持ちもあったと思うのですが、覚悟を決めて、村人の命を第一に生涯一人で生き抜いた、素晴らしい人だと思います。

 私もそうでしたが、志田先生を知らない方はたくさんいると思います。この映画で、志田先生がどのような方だったのか知って欲しいですし、忘れてしまいがちな『支えてくれる人がいて今の自分たちがいること』『人のために尽くすこと』の大切さを改めて感じてもらえると思います。」


 

地元の方たちと一緒につくった映画をたくさんの方に
地元の方たちがたくさん出演しています。

 この映画には歌手の白崎映美しらさきえみさん(酒田市出身)や、タレントのテツandトモ(トモさんは山形市出身)など山形県出身の著名人が出演するほか、たくさんの山形県民がエキストラとして参加しています。キャストの半分以上が山形の人たちで、まさに山形発の映画と言えるでしょう。

Q.撮影中のエピソードを教えてください。

平山 「この映画には、たくさんの地元の方に出演してもらっています。あたたかい方たちばかりで、皆さんから気軽に話しかけてもらいました。お母さんみたいに見守っていただいたり、志田先生のことをご存知のかわいいおばあちゃんから昔話をしていただいたり、志田先生の診察を受けたことのある方が私の白衣姿を見て感動されたりと、皆さんとても優しくて、温かくしていただきました。私だけじゃなくスタッフ全員が励みになり、最後まで頑張れました。

志田周子が実際に使っていた机での撮影。

 限られた撮影時間でたくさんのシーンを撮影しなければならず、地元の方たちも疲れていたと思いますが、嫌な顔をせず協力していただいて、逆に私たちを気遣って声を掛けてくださり、うれしくて泣きそうになりました。映画のセリフにもありました『ありがとう』に『様』を付ける『ありがとさまです』という気持ちになりました。

 完成した映画を観て、感動しました。みんなで頑張った成果がとても良く出ていて、映画はこのような素敵な作品ができるのかと改めて気付かされました。

 地元の方たちがいっぱい映っています。たくさんの人に観てもらいたいですが、特に山形県の方には、全員に観てもらいたいですね(笑)。」


 

平山あや

1984年生まれ。栃木県那須塩原市出身。1998年、第23回ホリプロタレントスカウトキャラバン「女優誕生」でグランプリを受賞。その後、映画・ドラマ・バラエティとマルチな活躍を広げる。代表作は「ウォーターボーイズ (2001)」「ラヴァーズ・キス(2003 )」「バックダンサーズ!(2006)」「Mayu -ココロの星-(2007)」、家族の居場所がわかる「LIFE360」スペシャルムービー「いつも一緒」など多数。

映画「いしゃ先生」

平成27年11月7日より山形県内先行上映中。平成28年年1月9日より全国公開スタート。
映画「いしゃ先生」公式ホームページ http://ishasensei.com


 


 

この記事に対するお問い合わせ

このページの先頭へ

ナビゲーション

更新情報

  • 平成27年11月20日掲載

関連情報