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ビジュアル系演歌歌手 最上川 司さん

いま、山形から・・・ 山形の若者 ビジュアル系演歌歌手 <ruby><rb>最上川 司</rb><rp>(</rp><rt>モガミガワ ツカサ</rt><rp>)</rp></ruby>さん(河北町出身)
(平成27年11月6日掲載)

 今年6月に世界初のビジュアル系演歌歌手としてデビューした最上川 司さん。ビジュアル系ロックバンドにも所属しドラムを担当、演歌とロック、全く異なる音楽のジャンルで自分を表現する最上川さんのルーツには、ふるさと山形県河北町への想いがありました。

父の影響で好きになった演歌との出会い
3歳の頃、父の影響で演歌を始め、テレビの歌番組に出場し特別賞受賞。2009年ロックバンドでメジャーデビュー。

 子どもの頃、車に乗ると父が必ず演歌を流していて、僕もそれを気持ち良く聴いていたんです。河北町出身の『孫』で有名な演歌歌手の大泉逸郎さんが、お祭りのカラオケ大会で司会をされていたんですよ。そこに僕も参加して、歌い終わったあとに「いやぁよかった。俺もこんな息子が欲しかったなぁ」って、頭を撫でてもらったんです。小学校の卒業文集にも「歌手になりたい」と書いていました。「歌うまいね~」って周りからちやほやされて、気持ち良かったんだと思います。

 大人になってから、東京で大泉さんのコンサートがあることを知って会場に行きました。運よく大泉さんにお会いすることができたので、「僕、小さい頃に頭を撫でてもらったことがあるんです」と思わず小さい頃の思い出を伝えたら、「んだらまた頭撫でてけっか」って、頭を撫でてもらいました。うれしかったですね。

 

演歌少年からロックバンド、そして演歌歌手へ

 高校一年生の時に友達から文化祭に出演しように誘われバンドを始めました。練習してうまくなっていくとドラムの楽しさに気付きのめり込んで行く一方、しだいに演歌とは疎遠になっていきました。演歌をやりたいという想いは頭の片隅にあったのですが、ロック一筋で頑張ってきたのも確かです。

ロックバンドのTHE MICRO HEAD 4N'SにはTSUKASAとして参加。

 2011年に、11年間所属していたバンドが解散して、その時に「演歌をやりたい」とあらためて思ったんです。そこから、一人で演歌をつくったり、歌の練習もたくさんしたんですが、これでは本格的な演歌歌手には対抗できないなと、一回やめていたんですね。そんな時、今のTHE MICRO HEAD 4N'S(マイクロヘッドフォンズ)というバンドに誘われ、加入することになったんです。ある時、バンドのリーダー兼事務所の社長kazuya氏に「THE MICRO HEAD 4N'Sに入る前は、演歌歌手を目指して頑張っていました」とポロっと打ち明けたら「面白いじゃん。バンドもやりながら頑張ってみれば」と言っていただいたんです。それがうれしくて、うれしくて。そして出来たのがデビューシングルの「まつぽいよ」です。

 

ふるさとを恋しく想う歌「まつぽいよ」
まつぽい故郷を想い、デビュー曲「まつぽいよ」を熱唱する最上川さん。

 この歌ができたのは、上京してからずいぶん経って、バンドの解散もあり人生の色んな不安や悩みで頭の中がいっぱいになっていた時期だったんです。上京物語の演歌を作ろうと、自分が上京した時を思い返しました。「上京する時、見送ってもらったな」とか、「手紙を開けてみたらお金が入ってたな」と両親を思い出して、歌詞を書きながら、感極まってしまいました。 うちの母が「まつぽいちゃあ」とよく言うんです。「まつぽいよ」は、「眩しい」という意味。これは郷土愛そのもので、両親のことや友達を思い出しては「ああ眩しいな」と感じていたんです。それであえて「まつぽい」という山形の言葉で歌いたいなと思いました。後から分かったのですが、「まつぽいよ」って意味を知らない山形県民の方が結構いらっしゃって、「これは僕が広めていくしかないな」と思っています。

 

新生ビジュアル系演歌歌手誕生
2015年6月に発表したデビューシングル「まつぽいよ」は故郷山形の父母、友人、ふるさとを思いながら作詞作曲を手がけた自身の上京物語。

 今までイケメンな方が「ビジュアル系演歌歌手」と呼ばれることはあったので、間違えられないようにと思い、自己紹介では本当にビジュアル系をやっているということもあって、「新型ビジュアル系演歌歌手」と言うようにしています。もともと「ビジュアル系」を名乗ることには葛藤があったんです。演歌はその人となりや人間性も全部含めての表現ですから、どうしても最初は見た目で判断されるので、遊びでやっていると思われてしまうことも覚悟していました。でもビジュアル系は自分の誇りであり、これが一番自分らしい表現だと思っています。見た目だけではなく、僕の田舎魂や、真面目に演歌をやっていることを皆さんに知っていただきたい気持ちが強いです。演歌が好きなお兄様お姉様、ご年配の方はもちろん、ビジュアルから入って若い人が演歌を好きになってくれたらうれしいです。

 

ふるさとでの凱旋ライブを終えて
10月18日(日)、地元河北町で行われた「かほくほくほくまつり2015」での凱旋ライブ。老若男女、町内外からファンが大勢駆けつけました。
11月25日発売のファーストアルバム『奥の唄道』。「津軽海峡冬景色」などの東北地方のご当地ソングを集めたカバーアルバムです。

 河北町はやっぱり帰る場所ですね。生まれてからの半分の期間、自分を育ててくれた場所なので、甘えられる場所。東京で頑張ってくじけて、ふっと思い起こすとあったかい気持ちにさせてくれる、力を与えてくれる場所です。そんな生まれ育った町でライブをやらせていただいて、感極まりました。なんで自分のために河北町の人達がこんなに集まってくれているんだろう、という不思議な感覚もありましたけど、最後まで皆さん笑顔で観てくれて、とてもうれしかったです。演歌歌手としてデビューしてから取材もたくさん来ていただいて、僕にツキがまとめて来たんでしょうね。皆さんから注目いただけるのに相応しい実力が伴うよう、ひたすら精進していきます。

 まずは、地元の皆さんに感謝を伝えたいなと思って、ファーストアルバムを発売するのにあわせて、河北町総合交流センター「サハトべに花」さんに協力していただき、ミニライブを開催することが決定しています。

 今後の目標は、河北町名物の冷たい肉そばをPRする大使に任命いただいたので、山形県を、河北町をPRしながら、地元のイベントにも出させていただければうれしいです。そして、夢は紅白歌合戦への出場です。郷土を想い、人を想い、これからも歌って参ります。

 


 

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  • 平成27年11月6日掲載

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