寄稿

1942年愛知県生まれ。1965年東京大学工学部卒業。1971年東京大学工学系大学院博士課程修了。1978年工学博士。名古屋大学工学部教授、東京大学工学部教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授などを経て、2002-03年総務省総務審議官。2003年から東京大学名誉教授。2003年2月ケープホナーとなる。専門はメディア政策。著書は『IT革命のカラクリ』『縮小文明の展望』など。趣味はカヤック、クロスカントリースキー、登山。
羽黒の友人との交流の関係で、出羽三山で毎夏に修験体験をするようになってから相当の年月が経過している。もともと体育会系の性格のため、修行というより登山の感覚であるが、白衣の装束で山駆けをすると、千数百年の伝統を実感する。それを契機に私塾を開催して毎年何回か庄内地方を訪問し、それ以外にも様々な機会に、山形、米沢、新庄などを旅行するなど、山形全域について一通りの体験はしている。
そのような経験から山形の特徴を紹介してみたい。第一は自然である。山国日本には何処にも名山はあるが、山形の山々は朝日連峰が代表するように人里から奥深く、奥山としての神聖さを維持している。残雪の月山も真夏とは異質の深山であり、県内全域に多様な自然が維持されている。カヤックを趣味としているため、最上川下りも上流・下流で体験したが、人里の気配のない流域を水面から眺望すると、山形の自然の奥深さも実感する。
自然の一部であるが、温泉も多種多様で素晴らしい。日本海沿いにある温海温泉、山形新幹線沿いの蔵王温泉、赤湯温泉、上山温泉など全国に著名な温泉も数多くあり、それはそれで得難い資産であるが、立谷沢川の源流付近にある一軒だけの北月山荘の温泉、新庄から西川への山道の途中に平安時代初期に開湯された由緒ある肘折温泉、吾妻連峰の中腹にある姥湯温泉や五色温泉など、資産は数限りないほど存在している。
しかし最高の資産は人間である。イギリスの旅行作家イザベラ・バードは明治初期の日本各地の人間模様を記録しているが、山形県内の宿屋での人情を賞賛している。これは現代にまで継承されている。名作を次々と誕生させている庄内映画村の宇生雅明社長によると、俳優にもっとも人気がある撮影場所は山形であり、理由は食事と人情とのことである。朴訥ではあるが裏表のない人情が外部の人間にも素直に伝達されるのである。
最近、米沢城代直江兼続、藩主上杉鷹山が名君として注目されている。急速に劣化していく日本に対比して、良質の日本を象徴する人物が、かつて山形に存在しており、その精神が現代に継承されているのである。松山の高台から田植え直後の水面のような庄内平野を眺望すると、自然と人工が融和した稲作によって形成されてきた日本を実感することができる。それが俳優を魅了する人情を形成している源泉である。
山形は高齢人口比率や過疎人口比率が上位である一方、一人あたり県民総所得額や個人預貯金額は下位である。一般に短所とされる分野は上位、長所とされる分野は下位であるが、視点を変更すると、温泉地数、スキー場数は上位で、宅地価格は全国有数の安値である。仕事中心から生活中心に常識を転換すれば、生活には最適の場所である。短期でもいいから本来の日本を体験するためにも山形を体験してほしい。

