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「すまいる」スペシャルインタビュー

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杉沢にきて、初めて「ブナ萌え」を見た時、「つっだい水飲んだみたい」に感動しました。それで「あぁ~、ここでなら私生きて行ける」って自信が湧いてきたんです。
 


山々には「金山杉」の名で知られる杉の美林帯が広がり、街には白壁と切り妻屋根が特徴の「金山型住宅」が建ち並ぶ山形県北東部の町「金山町」。この美しい町で、地域のかけがえのない魅力を、訪れる人たちに伝え続けている女性がいます。金山町杉沢地区で、夫・和則さんとともに『暮らし考房』を主宰する栗田キエ子さんです。雪が降り始めた昨年十二月、その『暮らし考房』を訪ねお話を伺ってきました。
栗田さん近影
プロフィール

栗田キエ子さん
1946年、大石田町生まれ。県立楯岡高等学校を卒業後、小学校に勤務。1966年に和則さんと結婚し、金山町杉沢で農林業に就く。家業のかたわら1993年に和則さんと「暮らし考房」を開き、体験や研修に訪れる人の受け入れを開始。現在は地区の人たちとともに「共生の村すぎさわ」として人々を受け入れ、山里の豊かな暮らしを伝え続けている。著書に『十三戸のムラ輝く』(全国林業改良普及会発行、栗田和則・栗田キエ子・内山節・三宅岳 共著)などがある。
山形県最上郡金山町杉沢
電話(0233)52-7132

栗田さんはご主人と一緒に「暮らし考房」を運営され、体験・研修・宿泊とたくさんの人たちを受け入れているわけですが、始めたきっかけは何だったのですか?

栗田さん
よく聞かれますが、最初から宿泊施設を目指していたわけではないんです。ウチは早くから農林業体験の学生さんたちを受け入れたりしてはいたのですが、そういう学生さんたちが団体で来ると、私の家だけでは限界があって、人が集まったり話をしたりできる場所があればと、ずっと思ってました。そんな時に息子が、自分の部屋がほしいと言い出したこともあり、じゃあ建ててしまおうって建てたのがこのログハウスなんです。ですからこの「暮らし考房」は、最初は息子の部屋だったんです(笑)。

それがどのようにして宿泊につながっていくのですか?

栗田さん
平成4年(1992年)に山形県で「べにばな国体」が開かれましたが、ちょうどそのころから、私がやってた藍染め体験のことが雑誌や新聞に紹介されて、急に参加希望者が増えてきたんです。それで結構遠くからも人が来てくれるようになったのですが、当時は町に宿泊施設が少なく、遠くから来ても日帰りせざるを得ない状況でした。東京からわざわざ夜行バスで来られたご年配の方が、泊まるところがないからまた夜行バスで帰っていったりとか。これじゃダメだっていうんで、「ログハウスでえがったらどうぞ」って人を泊めるようになったのが宿としての始まりです。当時は自分たちで「民泊」なんて言葉を考えて、友達を泊める感じで泊めてました。いまは旅館として認可も受け、今年(平成20年)10月には農林漁家民宿おかあさん百選にも選んでいただきました。

泊まった人たちはどんな感想を言って帰っていきますか?

栗田さん
人それぞれですけど、基本的には皆さん喜んで、こういう山里の良さに共感して下さいますね。ログハウスに置いてある雑記帳には泊まった人が自由に感想を書いていくのですが、それを見ると、「ここは夜になると真っ暗なんですね」とか、「ここにきて自分も生き物なんだって感じた」とか、哲学的なことを書いていく人もいます。でも、どんな書き込みからも、私たちの気持ちを分かって下さってるのが伝わってきて、すごくうれしいです。

「暮らし考房」の看板は、どういう想いであげられたのですか?

栗田さん
それを話すと長くなるんですけど(笑)。まずこの杉沢は、ご覧のような山村で、全部で12戸しかない小さな集落です。冬には2~3mの雪が積もります。私は雪にはびっくりしませんでしたけど、言葉は違うし、風習も農作業で使う道具さえも違ってたりして、やっぱり不安でした。それが翌年の春になって、とても暑い一日、田んぼ仕事をしながら何気なく山をフッと見たら、山がなんかボーっと白くなっているんです。「何だべ」って思ってまたしばらくして見ると、今度は少し緑がかって見える。それで夫に「何やあれ?」って聞いだら、「ブナ萌えだ」って言うんです。私は山好きだったんですが、そんな風景を見るのは初めてで、山がまるで目を覚ましたように、短時間のうちに姿を変えていくのに、すごく感動したんですね。ブナが萌える暑い一日を「ブナいきれ」っていうんです。でもそれで終わりじゃなくて、2~3日したらそれが奥の山々までずぅ~と広がっていったんです。それは「ブナの峰越え」っていうんですけど、それで「あぁ~!」って衝撃を受けて、私すごくいいところに来たって思ったんです。それで、「ここはいいところだ」って思って、ここでなら私生きて行けるわって自信みたいなものが湧いてきた(笑)。それで一気にこの杉沢が好きになったんです。その時の感動を言い表わすのに、「すごくつっだい水をゴクンて飲んだみたい」って私よく言うんですけど、わかってもらえますか? もっともっと素敵なことはいっぱいあるんですけども、とにかく杉沢がすごく好きになって、以来、杉沢のいいところを探す日々が始まりました(笑)。
杉沢も私が来た頃は18戸あったのが、いまは12戸です。それで私も夫も、もう一度「山里での暮らしのあり方とか、山村で豊かに暮らすにはどうあるべきかを考え、このログハウスを拠点にそれを伝えていこう」と思って、「暮らし考房」の看板をあげたわけです。

それから、さまざまな体験メニューで人々を受け入れて、山村の魅力や、山里の暮らしの豊かさを伝えるという「暮らし考房」の本格的な活動が始まるわけですね。どういうことが体験できますか?

栗田さん
体験メニューは本藍染、杉染め、草木染め、石釜でのピザ焼き、かえでの樹液採取、森の楽器づくり、チェンソークラフトなどが主なものです。かえでの樹液採取というのは、爽やかな甘みがあってとてもおいしいイタヤカエデの樹液を採取するもので、冬の体験メニューとしてやってます。日本初の自然飲料メープルサップ「如月楓露」として商品化もしてるんですよ。あと、私の家だけじゃなく他の家でも蔓細工を教えたり、刺し子教室を開いたり、農業体験、川遊び山遊びと、いろいろやっています。

JR東日本のホテル開業を機に始まった地区ぐるみの活動ですね。

栗田さん
そうですね、ホテル開業時に、JRの人から「ホテルの宿泊客にもこちらの体験メニューを利用させてもらえないでしょうか」と言われ、メニューが増えた方がいいんじゃないかと思って、地区の皆さんにもお願いして、4戸7人で始めました。「山里の案内人」として10年になりますがおかげさまで好評で、みなさんやりがいを感じていますし、本当によかったと思っています。

こうやってお話を伺っていても、栗田さんのやりがいや”はりあい“みたいなものが伝わってきて、こちらまで元気になった気がします。もっともっと楽しいお話を伺いたいところですが、残念ながら誌面も尽きてしまいました。これからもこの杉沢にたくさんの人を迎えて、みんなを元気にしていただきたいと思います。ありがとうございました。


 


 

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