やまがた情熱人 vol_2



大道芸能家 源吾朗さん
(本名:大沼昭雄さん)
【天童市生まれ】
夢を追い続け、情熱を失わない熱い人たちがいます。このシリーズで紹介する情熱人たちは、素晴らしい偉業を達成してもなお、幼い子どものように瞳を輝かせながら、ひとつの道を突き進むことが「いかに楽しいか」を語ってくださいました。
「さァさァ、お立会い…」はんてんに、はかま姿の源吾朗さんが抑揚も豊かに口上を唱えはじめる。それまで元気いっぱいにはしゃいでいた子どもたちの視線がいっせいにそちらに向かった─かつては近くの神社や公園に紙芝居のおじさんが来て、子ども心をくすぐっていました。大道芸を目にすることが少なくなってきた現在、この道30年という天童市生まれの源吾朗さんの姿は、子どもたちの目にどう映っているのか。
こっけいな動きと、「ガマの油売り口上」や「南京玉すだれ口上」のテンポ良い語り口。子どもからご年配の方まで全ての人の笑いを誘います。大道芸ならではの、子どもたちにお手伝いをしてもらったりする観衆参加型。とにかくやってみることが大事、という源吾朗さんの呼びかけを受け、南京玉すだれに挑戦し、才能を発揮させる子も。源吾朗さんがいとも簡単に何気なくやっている玉すだれの技でも、実は、すだれの伸ばし具合などの微妙な調整が不可欠。なかなかきれいな形にすることができない子どもたち。「おっ、筋がいいねー。ちょうど今、若いお弟子さんが不足しているんだけど、君どう?」との源吾朗さんからの呼びかけに、会場からは笑い声。本人もちょっと嬉しそう。
演技が終わった後も、子どもたちは顔を輝かせつつ、小道具に興味深々。こうした子どもたちの反応は、日本でも海外でも違いはないのだとか。

源吾朗さんに教えて頂きながら、南京玉すだれに初挑戦!筋がいいと褒められました。河北町立谷地西部小学校での講演会での1コマ。

ガマの油売りの口上にて。腕を切られた!ハズだけれど、当人はとっても笑顔。
日本古来の伝統文化である大道芸を見たいとの海外の日系2世・3世からの招きで、よく海外公演を行っています。初めて海外で公演したのは平成元年、ニューヨークへ腕試しにと単身出発。今でこそ、通訳がついていますが、当初はまったくの一人。海外へ渡った事は色々な意味で挑戦だったといいます。
源吾朗さんが本格的に海外で活動を始めたのは30代から。30代ではアメリカ・ワシントン広場、40代でフランス・ポンピドーセンター、50代でイギリス・コベントガーデンと大道芸の3大メッカを制覇。これまで18ヶ国で大道芸を披露しました。今回の公演の後もすぐにモンゴルへ渡るとのことです。
「今まではどこか気取っていた部分があったと思うんです。けれど、海外での公演をきっかけにして、自分を落として笑ってもらうといったように、自分の殻を破ることができたんです。」誰にでもわかるガマをまねた表情も、海外へ行って身につけたもの。日本でも、その楽しい動きが観衆に大人気です。
海外公演へ行き始めた当初、費用は全て自費。けれども、早くから海外公演を行っていた努力が実を結び、大道芸は歌舞伎や文楽とはまた違った日本の貴重な伝統芸能と認められるようになり、現在は国際交流基金の助成を受けられるようになりました。
「今まではどこか気取っていた部分があったと思うんです。けれど、海外での公演をきっかけにして、自分を落として笑ってもらうといったように、自分の殻を破ることができたんです。」誰にでもわかるガマをまねた表情も、海外へ行って身につけたもの。日本でも、その楽しい動きが観衆に大人気です。
海外公演へ行き始めた当初、費用は全て自費。けれども、早くから海外公演を行っていた努力が実を結び、大道芸は歌舞伎や文楽とはまた違った日本の貴重な伝統芸能と認められるようになり、現在は国際交流基金の助成を受けられるようになりました。

きれいにしなったヤナギは、源吾朗さんの腕があってこそ。

源吾朗さん愛用の小道具。ガマは持ち運びしやすいように美大生に作ってもらったという特注品。
「父からの言葉で『一つの事をやり続けろ』と言われたんです。10年やれば何か形になる、と。その10年が20年に、20年が30年になっていったんですね。」と語る源吾朗さん。ご近所の評判では、源吾朗さんのお父様もなかなかの芸達者だったとのこと。父親の言葉と芸を見ていたからこそ、今の源吾朗さんのスタイルが出来上がったのだと感じられました。
50代も後半となり、年季が入ってますます芸の魅力を増してきた源吾朗さん。お客様との関わりを大事にして、ガマの油売りの口上の中にも自分なりのメッセージを盛り込んでいきたいと、夢は膨らむばかりです。
1950年生まれ(東京都在住)
22歳の時、新宿の歩行者天国で紙芝居をやったのが大道芸の始まり。縁あってケーシー高峰さんの弟子となり、平成元年ニューヨークへ腕試しに単身出発。その後、18ヶ国で大道芸を披露。一昨年、歯肉がんの手術を受け、闘病生活を経て復帰。大道芸遊学塾 塾長。
22歳の時、新宿の歩行者天国で紙芝居をやったのが大道芸の始まり。縁あってケーシー高峰さんの弟子となり、平成元年ニューヨークへ腕試しに単身出発。その後、18ヶ国で大道芸を披露。一昨年、歯肉がんの手術を受け、闘病生活を経て復帰。大道芸遊学塾 塾長。
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