特別寄稿【飯森 範親さん-ありがとう、山響そして山形!!】
いま、山形から…山形県メールマガジン第98号
寄稿この人/ありがとう、山響そして山形!!
指揮者としてデビューし今年で20年、「30代〜40代は光陰矢のごとし・・・だよ」と人生の先輩方から言われたのが現実となってしまい、時間があまりにも早く過ぎてしまうことに戸惑いを隠せない今日この頃です。指揮者の仕事はコンサートの為に3〜4日、多い時に1週間拘束されます。それ以外の日は基本的にはフリー。ただ、そうは言っても、ソリストが楽器の練習をするのとは違い、オーケストラの総譜(スコア)を読んでイメージを膨らませ、頭の中で曲を鳴らしながらどういう風に指揮をしてやろうかとあれこれ考えること、これが指揮者にとっての「練習」なのです。ですから休みとは言え、先のコンサートを常に考え準備をしている訳です。演奏会が増えれば増える程その時間が必要になりますから、年間100回近いコンサートを行っている自分としては、休みの日は皆無に近いと言うのが現状、「音楽の事を考えず、頭をリフレッシュ」なんて夢のまた夢、と数年前まではそう思っていました。でも近頃は「山形が僕のライフスタイルを変えてくれたのかな」と思ってしまうことも・・・

写真/相田憲克
山形交響楽団(以下山響)のミュージックアドヴァイザー兼常任指揮者に就任して3年目に入りました。山形市は大都市の様な喧騒とは無縁、大自然のなかでストレスを感じることなく穏やかに過ごす事ができる魅力溢れる土地です。普段の生活の基盤が首都圏にあると特にそれを感じます。三十数年前、そんな場所に設立された山響は、日本の数あるオーケストラの中でも特に本来の「一都市一オーケストラ」というヨーロッパのスタイルが確立されたオーケストラだと思っています。山響のメンバーにとって、練習場やコンサートホールまでは30分圏内、そして街を歩けば聴衆の皆さんが声をかけてくれる事も珍しくありません。お客様と身近に接する事で激励や、時にはご批判を頂き、またそれを糧としながら音楽に打ち込む事ができます。これは真に「ゆったりとした時間の中でゆとりを持って音楽と対峙する」という、いわばヨーロッパ的な音楽家のライフスタイルを意味すると思うのです。
そんな山響との仕事の合間を利用して、首都圏にいたらなかなか味わえない山形ならではの楽しみを覚えてしまいました。就任当時、山響の事を「食と温泉の国のオーケストラ」と命名させて頂いた通り、山形を訪れると毎回の様に、蔵王、上山、天童を始めとする温泉を堪能しています。また最近は更に食文化に惹かれてしまい、食べるだけではなく「蕎麦打ち」にも挑戦という大それた事を考えています。自然の魅力を楽しむ事、そして仕事と息抜きのバランスを教えてくれた山形と山響に感謝し、自分自身も忘れかけていた「自然を遊ぶ事」を全国にアピールして行きたいと思っています。人生楽しまなくては・・・(笑)
心からありがとう、山響そして山形!!

写真/
相田憲克
指揮者
飯森 範親
(いいもり のりちか)
1986年、桐朋音楽学園大学指揮科を卒業後、ベルリンへ留学。89年からバイエルン国立歌劇場でW.サヴァリッシュ氏の下で研鑽を積む。01年9月よりドイツ・ヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団の音楽総監督に就任し、06年7月には日本人指揮者とドイツのオーケストラの組み合わせとしては史上初の快挙となる『ベートーヴェン交響曲全集』のCDがリリースされた。
現在、山形交響楽団ミュージックアドバイザー兼常任指揮者、ヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団音楽総監督(GMD)、東京交響楽団正指揮者、いずみシンフォニエッタ大阪常任指揮者、オペラハウス管弦楽団名誉指揮者。

写真/相田憲克
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