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山形漫歩【丸大扇屋】



画像いま、山形から・・・山形県メールマガジン第67号 画像「丸大扇屋」外観写真
画像「丸大扇屋」外観写真
画像長井市「丸大扇屋」 画像やまがたまんぽ2005年5月6日第11号
画像江戸時代から300年続いた町屋の姿を今に伝える、最上川舟運で栄えた長井の呉服商。
店と店蔵との間から屋敷に入る。
貫禄ある屋敷構えが、長い歴史を物語っている。



 江戸時代から、上杉米沢藩の玄関口として、最上川舟運と西回り航路により京・大阪と盛んに交易を行っていた長井。多くの商人が集まり成長して富を築き、蓄えられた財で文化と産業は大いに栄えた。その長井の大商家の一つが、300年続いた呉服商、「丸大扇屋」である。その始まりは寛永のころ、初代となった長沼忠兵衛が、時代を見据えた先見性により、武士から商人に転身して興した荒物商であった。2代目には、取り扱い商品を古手(古着)・太物(綿や麻の織物)へと増やし、更に西との交易の仲買を行うなど事業を拡げ、豪商の礎を築いていった。



 その丸大扇屋は、十日町商店街より少し入った一角を占めている。格子が美しく長井の町屋造りの典型を残した店構え。そのわきの扇屋の暖簾をくぐると、右手に母屋、左手には庭がある。庭には、京・大阪と取引をした証ともなる雲州燈篭が4基ある。母屋にあがると、中央には囲炉裏、隣の間には仏壇など、当時のままの姿で残してある。台所に残っている「入れかわど」は、昔の人の生活の知恵と工夫が見られ興味深い。町なかを走っている水路から屋敷内に水をひき、庭では洗濯ができる。さらに、家の中にかわど(水路のわきにつくられた洗い場)をつくり、かわどの中には鯉を飼った。鯉は洗い流したご飯粒を食べてかわどをきれいにしてくれる上、食用にもなったそうだ。お膳棚、大きなかご、いくつもある部屋や蔵。大勢の人がここで働き、生活をしていた当時の賑やかさが目に浮かび、また当時の町屋の風俗を伺い知ることができる。



 昭和63年に、長井市に丸大扇屋が寄贈されたとき、土地・家屋のほか、調度品や大福帳、商売の記録、普請帳といって建物を建てたときの工事記録までも残されていたそうだ。このため、建物は7棟あるが、いずれの蔵も創立以来の由緒がはっきりしており、増改築も少ないので、木造建築の時代それぞれの建築様式や技法の移り変わりを知ることができる。このようなことから、丸大扇屋は多方面にわたり歴史的・文化的資料としての価値が高いと評価され、平成15年には県の文化財に指定された。



 丸大扇屋は、彫刻家・長沼孝三氏の生家としても知られる。平成4年には、長沼氏の作品を収蔵・展示する「長沼孝三彫塑館」も敷地内につくられた。隣接する明治の旧西置賜郡役所跡地を含め、「文教の杜」として歴史的空間を生かした整備もされ、長井の江戸時代からの繁栄を歴史情緒豊かに訪ね知ることができる。

画像店内の写真
当時の呉服屋の様子を伝える店内。

画像母屋の写真
当時の家具や食器類がそのまま残っている母屋。

画像「入れかわど」の写真
「入れかわど」

画像庭園の写真
季節に応じて様々は表情を見せる庭園。

画像器の写真
内蔵には日常生活に使う様々な道具が大事に保管されている。

画像彫塑館の写真
長沼孝三氏の作品を収蔵・展示する「彫塑館」
画像丸大扇屋への地図
丸大扇屋
【交通】山形鉄道フラワー長井線長井駅から徒歩12分

【お問い合わせ】
住所/〒993-0086
  山形県長井市十日町1-11-7(文教の杜)
電話/0238-88-4151FAX/0238-88-4045
 




 
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担当:広報担当
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