更新日:2020年9月28日

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義経・弁慶伝説の湯 瀬見温泉

いま、山形から・・・ 温泉王国やまがた 義経・弁慶伝説の湯「瀬見温泉」

山形県最上町。義経伝説が語り継がれている瀬見温泉は、山あいに開けた温泉地です。温泉街から眺める清流小国川の流れと、宮城県と新庄を結ぶ陸羽東線、愛称「奥の細道湯けむりライン」をゴトンゴトンと走る列車は、のどかな風景を醸し出し、旅情をそそります。

義経・弁慶伝説

平安末期、源義経一行が兄源頼朝の追っ手を逃れ、岩手県平泉に向かう途中、身重だった妻の北の方が産気づき、亀割山(かめわりやま)にある観音堂で北の方を休ませます。そこで、弁慶が産湯を探して沢へと下り、湯煙立ちのぼる川辺の大岩をなぎなたで砕くと温泉が噴き出たという。まもなく生まれた若君、亀若丸の産湯にこの温泉を使い、この地で養生した後、再び平泉へ向かったという伝説が残されています。

弁慶が岩を砕き発見したという薬研湯

湯前神社 足湯と飲泉ができる

瀬見温泉の名は、岩を砕いた弁慶のなぎなた「せみ王丸」に由来するとも言われています。

瀬見温泉には、伝説ゆかりの旧跡があります。
国道47号線沿いJR瀬見温泉駅の向かいから小道に入り、小国川に架かる義経大橋を渡ると、温泉郷に入っていきます。橋の欄干には、笛を吹く義経の像があり、義経伝説に彩られた温泉郷へと誘っているようです。

温泉街に入ると、薬師如来と不動明王を祀る湯前神社があります。湯前神社には、亀若丸の産湯のモニュメントがあり、飲泉が可能です。その前には足湯も設置されています。

湯前神社の向かい側、共同浴場脇の小道を小国川へと降りて行くと、弁慶が発見した「薬研湯(やげんのゆ)」があります。岩の間から約70度のお湯が湧き出ています。

奥の院

山神社

ほかにも、北の方がお産した「奥の院」、お産をした時に加護のあった観音様を祀る「亀割子安観音(かめわりこやすかんのん)」があり、この観音様は子授かりと安産のご利益があるとして信仰されています。産屋を建て、北の方がしばらく養生したという「山神社(やまのかみしゃ)」など、温泉街から歩いていける距離に一行の伝説にまつわる旧跡が残っています。

瀬見温泉まつり

毎年、8月31日・9月1日は、湯前神社の祭礼、瀬見温泉まつりが開催されます。義経や弁慶のイラストの入ったものや祭の法被をまとった町の人々が湯前神社に集まり、ご祈祷が行われます。

最初に威勢のいいかけ声とともに、子ども神輿が1軒1軒の旅館、民家をまわります。

その後、義経と縁の深い平泉にある毛越寺(もうつうじ)の住職が、お守りになる散華(さんげ)を撒きながら、温泉街を練り歩きます。

住職が撒いた散華。お守りになる。

義経一行、弁慶大橋を渡る

最後に、馬に乗った義経と北の方、弁慶に扮した一行がゆっくりと進んで行きます。住職と義経一行は、温泉街を抜け弁慶大橋を渡り、亀割子安観音へと向かっていきます。亀割子安観音では、毎年、毛越寺の住職による義経の供養祭が執り行われています。

亀割子安観音で法要後、住職と義経一行

ふかし湯

瀬見温泉には、全国的にも珍しい「ふかし湯」があります。中に入ると木の香りが漂ってきます。床の下を流れる源泉の湯気が、床にある穴から立ち上ります。この穴にタオルを敷いて、その上に腰や肩、膝などの痛みのあるところをのせ、じっくりと湯気で温めていきます。

ふかし湯の歴史は古く、江戸時代に新庄戸沢藩の御殿湯として栄えていたため、殿様がふかし湯を使ったという記録があるそうです。

ふかし湯

向かって左側がふかし湯、右側に共同浴場入口

ふかし湯は温泉熱をそのまま使っているので、中の温度も外気によって変動し、これからの季節は、ゆっくり、じっくりとふかし湯で温まるのによい時期です。

ふかし湯でジワリと汗をかいた後は、ふかし湯の隣にある共同浴場でさっぱりすることもできます。

四季折々の瀬見温泉界隈を楽しむ

桜、新緑、紅葉、雪景色、四季折々の自然の景観を満喫できる瀬見温泉。温泉街から少し足を延ばし、「いやしの散歩道」を散策するのもおすすめです。温泉街から瀬見発電所まで小国川とその周辺の自然を身近に楽しむことができます。

いやしの散歩道

暑さも和らぎ、山が色づくこれからの季節、小国川の川沿いをゆっくりと歩き自然を眺め、伝説が残る旧跡を巡りながら悲劇の武将として伝えられる源義経、そして、武蔵坊弁慶へと思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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