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更新日:2020年9月28日
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(平成28年7月1日掲載)
ずずずっ、蒸し暑い夏にはこれだっ、と冷たいおそばをすする。…っと。
ん?ふと隣の方の皿を見ると、ユニークなフォルムのサイドメニューが鎮座しているではないか!全国有数のそば処・山形には、リーズナブルで、モチロンとってもおいしい「超定番」の添えものがあるのです。
古くからそばが食べられてきた山形県。暑い季節はもちろん、一年を通して好んで食べられるのが、コシがあって香りがいい冷たいそばです。
そば処・山形のそば屋でいまや定番の添えものとなっているのが、イカのゲソ(足)を油で揚げた「ゲソ天」です。山形以外では、「天盛り」といえば盛りそばに海老や野菜の天ぷらが添えられて出てきますよね。でも山形で「盛り天」と注文して当たり前にそばに付いてくるのはゲソ天なんです。盛り天と海老や野菜の天ぷら盛りそばとは違うんです。そばを食べる合間に、ゲソ天をつけ汁にひたして食べるこの旨さ!そばとの相性のすばらしさ!!地元に住む私たちにはごくありふれた光景ですが、県外の方は「えっ、海老天とかじゃなくて、ゲソ天が付いてくるの?」とビックリするようで、テレビの全国放送などでも取り上げられ、今、注目度満点です。
県内のそば処を訪ね歩きながら、「ゲソ天」誕生のルーツを探ってみました。
A:ゲソに薄力粉をしっかりとまぶす。
B:全卵の溶き汁に薄力粉をあわせ、Aをくぐらす。
C:ごま油で揚げる。
D:「手打ちそばたか橋」のふっくらゲソ天の出来上がり
最初に訪ねたのは、県内有数のそばの産地である尾花沢市。市内13店が加盟する「おくのほそ道尾花沢そば街道」では、“原種最上早生”の圃場を持っており、加盟する店が地元のそば粉を買い取り、地元産のそばを提供することにより、そば農家の育成も行っているのです。
おくのほそ道尾花沢そば街道の一番所となっているのが「手打ちそばたか橋」。ここでは、尾花沢産の“原種最上早生”を店内で毎朝挽き、二八そばと十割そばを打っています。店主の高橋晃治さんは、東京・銀座の天ぷら店で修業後、地元にもどって店を開業した方。高橋さんにゲソ天についてお聞きしました。「修業していた昭和42年頃の話ですが、当時の天ぷら店ではイカは身しか使わず、ゲソは捨てるものでしたので、ゲソ天をメニューに加えるのは抵抗があったんです。昭和52年に自分の店を出し、平成になってから店でゲソ天を出し始めたのですが、お客さんがとても喜んでくれました。その様子を見て、自分のこだわりの小ささを知った気がします。」と高橋さん。
お客さんが店でゲソ天を食べて、そのおいしさに驚き、家に帰って自分で揚げてみると、思うようにうまく揚げられないといいます。そこでそばに加え、天ぷらも評判のこの店で、上手なゲソ天の揚げ方を教えていただきました。「まず、ゲソの太いものは食べやすいよう1本ずつに切り離します。次に衣がスルンと抜けてしまわないよう、ゲソに薄力粉をしっかりとまぶすんです。溶き卵(黄身も白身も含んだ全卵の卵液)に、水と薄力粉を合わせてから、ゲソを入れて衣をつけ、香りのいいごま油で揚げています」とのこと。ゲソ天を揚げるときの見事な手さばきには、思わず見とれてしまうほど。揚げ終わったゲソはとてもやわらかく、ふっくら揚がって最高のおいしさ。これぞ「最強のサイドメニュー」です。
次に訪れたのは、県内でも特にそば処として知られる大石田町。新幹線の新庄延伸に合わせて開業した大石田駅舎内の「そば処ふうりゅう」を訪ねました。「カラッと揚がったゲソ天は、そのまま食べてもおいしいし、そばと一緒に食べるときに、そばつゆにつければ、そばの旨味が増す」ということで、このそば店でもゲソ天を提供しています。
板そばにゲソ天ぷらが付いた、ふうりゅうの得々セット
ふうりゅうの店内
「ふうりゅう」では、そば粉には大石田町内で栽培してもらった地元の“来迎寺在来”(らいごうじざいらい)という品種を使用し、つなぎなしの十割そばを出しています。大石田は昔から農家の振る舞い食として、女性がそばを打っていたという土地柄です。この店も、そばの打ち手3名のうち2名を女性がつとめています。
店の運営にあたっている大石田地域振興公社の松沢支配人にゲソ天について伺ってみると「普段、日常的に食べる昼食に海老天やかき揚げなどがついた『本格的な天ぷらそば』はちょっと贅沢な気がしてしまう。それに比べて、イカのゲソは安価で、食べてもおいしいから、『ふうりゅう』では開店時からメニューに加えています。私が思うには、ゲソ天はリーズナブルだから多くの店に広がったのではないでしょうか」とのご意見。さらに「最近、そば屋のゲソ天のルーツについて、よく聞かれるようになりました。出店にあたりそばの勉強をしていたときに聞いたのですが、元々は山形市内のそば店(現在は閉店)でゲソ天を出していたのだそうです。」との情報を教えていただきました。
そば打ち担当の工藤さんと青木さん。
最後に、地域食産業にくわしい山形大学の小酒井貴晴准教授に伺いました。「江戸時代、稲作のできない飛島などでは、年貢として干したイカが納められていたようです。その時代の日本海で獲れたイカや、もしくは北海道でぼうだら漁が盛んだったころに北前船で北海道から運ばれてきたイカなど、昔から山形はイカとの縁が深かったと考えられます。
いろんな方に聞いていますが、そば屋のゲソ天のルーツの正確なところはまだはっきり分っていません。一つ言えることは、いまは健康食としても重宝されるそばですが、昔はそばに力のでる炭水化物源として、ゲソは貴重なタンパク源としての役割があったということ。そばとゲソ天が今も昔も愛されているのは、気取らず、いつでも食べられるバランスのよい食品だからじゃないでしょうか。」
小酒井貴晴准教授
そのまま食べてもおいしいし、そば汁に入れれば衣から油がしみ出してきて、その旨みがまといついたそばをずずっとすすれば、もう止まらない。いまや、そばだけでは少しだけ満足できない私たちの心強い味方・ゲソ天。ときに「そばと汁だけじゃ、ちょっとさみしいよね〜」と思うことがあるのは、今も昔も同じなのかもしれません。
山形県内でのゲソ天の普及時期については、「村山地方や最上地方などでは、生イカが入手できなかった江戸時代から、スルメのゲソを水で戻して天ぷらにして食していたのではないか」、「ゲソ天が一般化したのは冷凍技術が発達してからなのではないか」と諸説あるようですが、いずれも確証があるものではないようです。
また、「そば屋のゲソ天」自体のルーツについては、今は閉店してしまったある有名な老舗そば店が謎ときのカギを握っているとの話もききましたが、今となっては確かめるのが難しくなっています。
暑さが厳しくなり食欲が落ちがちなこれからの季節。お手軽で、栄養バランスも良く、意外とあっさりしていて、タレにコクも出て最高においしい、山形の誇る「冷たいそば×ゲソ天」の最強コンビで夏バテを乗り切っていきませんか。
皆さんも「盛り天一丁!」と注文しに、山形にいらしてください。旨いですよ。