絹本淡彩 御殿山品川汐干狩図 日本海晏寺奥山海苔取遠望図 安藤広重筆 (けんぽんたんさい ごてんやましながわしおひがりず にほんかいあんじおくやまのりとりえんぼうず あんどうひろしげひつ)

名称(事業名) | 絹本淡彩 御殿山品川汐干狩図 日本海晏寺奥山海苔取遠望図 安藤広重筆 |
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ふりがな | けんぽんたんさい ごてんやましながわしおひがりず にほんかいあんじおくやまのりとりえんぼうず あんどうひろしげひつ |
指定区分 | 県指定文化財 絵画 |
指定年月日 | 昭和34(1959)年 12月 4日 |
所在地(市町村) | 天童市大字寺津 |
所有者(実施団体名) | 個人 |
概要 (活動状況等) |
桜花らんまんのころ、御殿山から品川沖を望み、中景に汐干狩の人びとの影がみえる。もう一幅は紅葉を近景に、村むらの海辺のかなたに海苔採りを遠望する。それぞれに「立斎」の落款がある。 広重は、27歳ころから浮世絵に専念した。そして「東海道五十三次」「名所百景」など、多くの名作版画を世に出した。 広重は、また天童藩織田家の江戸詰用人木村宮之助や、家老の吉田専左衛門と狂歌の仲間として親交があり、また同藩医の田野文仲ともかかわりがあり、求めに応じて肉筆画を多く描いている。織田藩ではそれらを財政の一助とし、豪商などに配った。天童市内には、他に6点の広重肉筆画が現存するが(すべて天童市文化財指定)、これらは「天童広重」として世に珍重されている。 各縦90.4㎝、横30.1㎝ |
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公開の有無:有 |
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