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天宥追悼句 芭蕉筆 (てんゆうついとうく ばしょうひつ)


名称(事業名) 天宥追悼句 芭蕉筆
ふりがな てんゆうついとうく ばしょうひつ
指定区分 県指定文化財 書跡
指定年月日 昭和28(1953)年 8月 31日
所在地(市町村) 鶴岡市羽黒町手向字羽黒山33
所有者(実施団体名) 出羽三山歴史博物館
概要
(活動状況等)
松尾芭蕉は、奥の細道紀行の途上、元禄2年(1689年)6月3日からの羽黒山滞在中に、南谷の別院で別当代会覚に謁し、羽黒山の隆盛をもたらした天宥別当をたたえる追悼文を書いて残した。天宥は江戸時代初期の羽黒山別当兼執行で、戦国時代に荒廃した羽黒山の再興に尽力した。現在も残る石段の敷設や杉の植林、不動瀧(今の須賀(すが)の瀧)、南谷の造営は天宥の功績である。また、黒衣の宰相とも呼ばれた天海と結び、出羽三山を真言宗から徳川家の信仰厚い天台宗へ改宗させようと試みたが、様々な軋轢を生み讒言によって伊豆新島に流された。関防印「不耐秋」の下に、「芭蕉庵桃青拝」と謹書し、文末には「元禄二年季夏」と款記し、「芭蕉」・「桃青」の2印を押している。(縦35㎝、横78.5㎝)
問い合わせ先 出羽三山歴史博物館

公開の有無:有
ホームページ:天宥追悼句 芭蕉筆
Tel:0235-62-2355