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武田大膳太夫信清の墓 (たけだだいぜんだいぶのぶきよのはか)


名称(事業名) 武田大膳太夫信清の墓
ふりがな たけだだいぜんだいぶのぶきよのはか
指定区分 県指定文化財 史跡
指定年月日 昭和28(1953)年 2月 20日
所在地(市町村) 米沢市林泉寺239-1の内
所有者(実施団体名) 個人
概要
(活動状況等)
春日山林泉寺(曹洞宗)の墓地には、米沢ゆかりの著名な人物の墓が多い。その一部に武田家の墓域があり、中央正面に武田信清の墓がある。高さ2.3m、地輪の一辺77㎝の大きな五輪塔で、各輪に一字ずつ「祖師西来意」の文字が刻まれている。風輪が逆角錐台型で、火輪は軒反り型で、近世前期の五輪塔の特色を示す。
信清は戦国時代の雄将武田信玄の六男で、米沢上杉藩初代城主の景勝の内室菊姫の弟である。天正10年(1582年)3月、武田勝頼が織田信長、徳川家康らとの戦いに敗れた天目山(山梨県東八代郡)の合戦で武田家は滅亡するが、信清は逃れて景勝のもとに身を寄せた。上杉家では高家衆筆頭として待遇し、死後この地に葬られた。
姉の菊姫や二代定勝夫人の市姫の墓も林泉寺墓域内にある。林泉寺は、元和3年(1617年)に高田林泉寺から現在地に移された上杉謙信ゆかりの寺である。
問い合わせ先 公開の有無:有