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十五里ヶ原古戦場 (じゅうごりがはらこせんじょう)


名称(事業名) 十五里ヶ原古戦場
ふりがな じゅうごりがはらこせんじょう
指定区分 県指定文化財 史跡
指定年月日 昭和55(1980)年 1月 7日
所在地(市町村) 鶴岡市友江字中野66-3ほか
所有者(実施団体名) 大蔵省(鶴岡市)ほか
概要
(活動状況等)
戦国時代の末、庄内で上杉軍と最上軍が激突した主戦場のひとつである。天正15年(1587年)、最上義光との戦いに敗れた尾浦城主武藤義興は自刃。義興の養子、義勝は庄内を追われたが、その実父で越後村上城主の本荘繁長と共に戦備を整えて、翌年(1588年)8月、上杉氏の支援を受けて庄内に攻め入った。
越後の大軍を迎えた庄内軍は尾浦城と大宝寺城の中間、千安川等の河川が集まり自然の要害をなす十五里ケ原に布陣した。戦いの主力は東禅寺兄弟と最上義光から急濾派遣された草苅虎之助等であったが、劣勢を回復することなく敗れた。
以後庄内は慶長6年(1601年)まで上杉景勝領となった。指定地には東禅寺兄弟の弟右馬頭(うまのかみ)の墳墓のほか首塚4基などがある。
問い合わせ先 公開の有無:有