板金
「曲線が美しい神社仏閣」
日本建築の曲線の美しさは、一本の「線」から生まれてくる。
『線』に対するこだわりは、いまも自分の仕事に活かされ、社寺建築の屋根を造り上げてきた。
※所属等は取材当時のものであり、現在と異なる場合があります。
ゆるやかな曲線が美しい神社仏閣の屋根。伊藤茂生さんは、社寺建築の銅板葺きを得意とする板金職人だ。地元の庄内地方にある神社は銅板葺きが7割を占め、これらの屋根工事に数多く関わってきた。
伊藤さんが板金職人の道に入ったのは、16歳の頃。数年間、見習いとして修業した後、銅板職人で神社や寺の仕事も手がけていた馬宮藤太郎氏のもとで働き始めた。板金技術の基本は、銅板(金属板)を焼き、表と裏から直接叩いて凹凸をつくりだす「叩き出し」だ。昔の職人は「叩き出し」の技術を盗まれることを嫌がり、何も教えてはくれず、先輩の仕事を見て、真似て、板金技術を身につけたという。「自分で銅板の叩き方や力加減を研究して、独学で覚えたことも多い」と伊藤さん。複雑な「叩き出し」を覚えるために、折り紙の「鶴」を銅板で折り上げる程、研究熱心だ。
この頃、社寺建築の設計を手掛ける建築家 高梨四郎氏と出会い、社寺建築に関わるようになった。「高梨氏から頼まれた仕事は、それまで経験がなくても、自分でいろいろ研究して頑張ってやりました」。伊藤さんは、設計者と職人が一体となって仕事をこなす高梨氏の手法に惹かれ、多くのことを学んだと振り返る。その一つが「線」の大切さだ。建築物には多くの「線」が用いられ、設計施工の基本であることはもちろん、一本の「線」から美が生まれること、日本建築は曲線の美しさが重要と教わった。「『線』に対するこだわりは、いまも自分の仕事に活かされている」と言い切る。
屋根飾りでは、日本古来の「鬼打ち出し」の技法を用いる。「打ち出し」とは金属板の裏面から模様を打ち出す技法だ。鬼瓦など複雑な形状の飾りや模様をつくるときは、金属板を切り取った「型」おこしから始まる。「型」の出来具合が仕上がりにも大きく影響するだけに、高い技術が求められる重要な作業だ。伊藤さんの作業場には、これまで手がけた屋根飾りの現寸の「型」が、宝物として大事に保存されていた。「この『型』を使って、鬼瓦や小物の鶴などをつくって、腕を磨いた」と語る。
こうして一流の板金職人となった伊藤さんは、昭和60年から余目八幡神社や鶴岡天満宮、山形県護国神社、酒田市出羽遊心館など、数多くの銅板屋根葺きを手がけた。また、出羽三山神社においては長年にわたって、大小合わせて30棟以上ある各建築物の銅板屋根の葺替え工事に携わっている。平成22年には、その技術が高く評価され「山形県卓越技能者」に選ばれた。
現在は、庄内職業高等専門校で建築板金科の講師も務め、後継者の育成・指導にも尽力している。授業の中で特に力を入れているのは、「展開図」や「型」の作図の仕方だ。普通、展開図の作成は製図の時間に習うが、伊藤さんは実習で、実際の叩き出しと合わせて展開図から作ることを教えている。「生徒が興味を持つように教えることが重要。展開図と実際の叩き出しを同時に学ぶことが、将来いい仕事につながるんです」。「板金の匠」は訓練生に慕われる熱血先生であり、未来の匠の「良き師」として自身の技を伝えている。