吉田好男

板金

吉田好男の仕事。
吉田板金工業 代表 (山形市)

自分の力で稼ぐことのできる仕事として
家業だった板金業の世界へ。
若くしてその家業の看板を背負うこととなるが
負けず嫌いな性格とともに向上し続けた30年。
磨いた技能で信頼の仕事を。


※所属等は取材当時のものであり、現在と異なる場合があります。

吉田好男 幼い頃から一番近くにあった仕事
仕事を覚え、技を磨き、意地になって続けた30年


板金業は祖父が70年ほど前に始めた家業だった。
当時は米缶やジョウロを作るのがメインの仕事だった。
家業とは違う業種で一度は勤めて働いてみたが、自分の力で稼ぐことのできる自営業としての板金業に挑戦してみようと、二代目の父親とともに「吉田板金工業」で働き出したのだが、それからわずか1年半で父親が他界してしまった。
まだまだ修行中であったが、25歳の若さで家業の「吉田板金工業」の看板を背負うこととなった。
「父親にできたことが自分にできないわけがない」
そんな負けず嫌いな性格から、仕事を覚え、技を磨き、意地になって板金業を続けて、気がつけば30年のキャリアを重ねることとなった。


磨いた技が発揮される
印象深い仕事


現在は一般住宅の屋根や外壁工事、雨樋の修理や雪止めの設置等が主だった仕事となっている。また、多くはないが寺社仏閣などの特殊な建造物の銅板細工まで、幅広い施工を行ってきた。
私の強みは「手仕事による精密加工」であり、特に曲げ加工やハゼ組みなど、機械に頼らず職人の勘と技で仕上げる作業には自信を持っている。
そんな技を活かした仕事で印象深かったのが、蔵王のお釜の上部に建立されている社の修繕工事。雪で潰れた社の修繕工事なのだが、お釜から上部は車が入れないため、資材を運搬するのに山岳会に協力を依頼。作業は11日間に及び、私も現場まで毎日30分の登山を行い、それから修繕工事を行った。体力的にもきつかったので、「もう一度」となると受けるかどうか悩んでしまうが、その分、達成感のある仕事だった。


仕事のこだわりは
「見えないところこそ丁寧に」


30年のキャリアで仕事のこだわりとして大切にしているのは「見えないところこそ丁寧に」ということ。
下地の処理や防水層の設置など、普段、お客様が目にしない部分にも一切妥協はしない。屋根の仕事もお客様には見えないが、この仕事は雑にすれば雨が漏る。
「信用が第一」と考えているからこそ、「いい仕事だった」とお客様に喜んでもらえる仕事になるように心がけている。
また、「施工して終わり」ではなく、近くのお客様には定期的にお伺いして不具合がないか確認する等、地域に寄り添うアフターケアも大事にしている。
堅実にいい仕事をしていれば、仕事を紹介してもらえることもある。


厳しい環境ではあるがやりがいを見つけて
板金という仕事に挑んで欲しい


職人不足と言われて久しいが、職人の待遇はなかなか向上していないのが現状。
山形建設労働組合や山形市板金業組合の役員も務めているので、これからも地域の建設業界の発展と職人の地位向上のために活動をしていきたい。
板金をはじめ、ものづくりの仕事は後世に自分の仕事をカタチにして残すことができる仕事。DIYに親しむ人も多い時代なので、ものづくり、カタチが残る仕事にやりがいを見つけて、板金という仕事を目指す人が多く現れることに期待したい。