志田直紀

左官

井上愛莉の仕事。
エムタック有限会社 (大石田町)

男性ばかりだった職種で女性が躍進している。左官業もその一つだ。
コテを道具に、壁や床、塀などを塗る仕上げの職人として、
装飾から下地まで、建物を内外から支える左官業は
かつては3Kなどと揶揄された。しかし本来“美しさ”を求められる
その技術やセンスにおいて、女性たちが感性を発揮している。


※所属等は取材当時のものであり、現在と異なる場合があります。

井上愛莉 子どもの頃に感じた“かっこいい”を
自分が輝くための仕事に。


生コンをトンボでならし、乾き具合を見て刷毛引きで仕上げる。コンクリートの乾き具合を見ながら丁寧に素早く、一人一人の仕事が連携して一気に作業が進んでいく。この日の井上愛莉さんの現場は、個人宅の外構工事。この職に就いて2年、最近は仕事の面白さが変わってきたという。「最初はどの現場に行くのも楽しかったですが、今は『できあがる』ことが楽しい。一つのものを作ることに面白さを感じます」。
ここ2、30年で女性の左官職人は増えたといわれるが、山形県内ではまだまだ珍しい。井上さんはなぜこの仕事を選んだのだろうか。「おじいちゃんが大工をしていて、その姿を見て育ったことが大きいです。おじいちゃんの仕事場が遊び場で、ハンマーを使うのが得意でした」。その楽しさがいつしか自分の将来と結びつき、高校の卒業間際まで鉄筋業と左官業を迷ったというから生粋だ。「手に職を付ければ定年もなく働けることも理由にありますが、誰もやっていないことで輝いてみたいと思いました」。


一瞬、一手の完成度を高めるため
経験と人からの学びで技術を磨く


エムタック有限会社に入社して2年目、現場での仕事について井上さんはこう話す。「正直まだ男の世界だなとは感じます。でも先輩たちは私を1人の働き手としてどんな作業もさせてくれるので、仕事を覚えるにはすごくいい経験ばかりです」。そんな先輩たちに井上さんの仕事ぶりを聞いた。「やる気あっがらな。1年ぐらいで辞めっがど思ってたけど(笑)大したもんだ。一番大事なのは仕事を覚えようとする気持ち。この仕事を覚えれば、現場さえあれば仕事になるからな」。
職人の仕事は「見て覚える」というが、見るだけではつかめない感覚がある。そこで同社では、自社倉庫に壁塗りの練習台(モデリング)を設置し、見習いの子たちがいつでも練習できるようにした。「率先して取り組める環境があれば、早い段階で仕事を覚えてもらうことができますから。若手がものづくりに携わっていくことが楽しみですし、“この人なら”とお願いされる職人になってほしい」と三浦肇社長は、若手のやる気を後押しする。


職人の世界もボーダーレスに
多様性が広げる伝統技術の未来


左官業が男性の仕事とされてきた理由には、男社会の職人気質もありながら、やはり体力面でのハードルがあっただろう。しかし筋力などの限界はあったとしてもそこで終わりではない。井上さんの将来に三浦社長はエールを送る。「自分で手がけたものが残り、それを見た人からほめられる。これが仕事のやりがいや自信につながります。女性の左官業は珍しいですが、女性だからできること、女性ならではの細やかさなどを生かして、一人前の職人になってほしいです」。
最近は、壁の塗りやタイル貼りなど、装飾的な仕上げを中心とした女性の職人も増えている。「私も『壁をおしゃれにして』なんて言われたいし、ゆくゆくは一人現場を任されて成功したい。現場に一人女性がいると華やかになるとか、話しやすいとか細かい作業ができそうという印象があるようで、それは特権かなって。将来は、女性左官を増やしてネットワークを作って、全国から注目してもらえるようになれたらいいなと思っています」。