左官
幼い頃から身近にあった「左官」とともに50年。
積み重ねてきた経験は確かな技術となり、
難易度の高い仕事から求められる職人へ。
これからの左官工へ、
その技術と仕事への思いを継いでゆく。
※所属等は取材当時のものであり、現在と異なる場合があります。
気が付けばそこにあった左官という仕事
「おもしろい」という思いとともに50年
小学校に入学する前から、邪魔になりながら親が行う左官の手伝いをはじめ、中学校を卒業すると家業の「蓮沼左官業」で5年間、左官見習いの修行をした。
それから通算50年の長きにわたり、自分の仕事が年月が経ってもそのままのカタチで残る左官という仕事を「おもしろい」と思い、「残る仕事」の質を高めるための技術や知識を身につけながら続けてきた。
兄が継いだ「蓮沼左官業」を平成21年に受け継ぎ、平成26年には代表取締役として株式会社に。
平成26年からは米沢市高等技能専門校において、左官・タイル科の指導員として後進の育成にも携わっている。
左官は難しい仕事だと思う
だからこそ得られる達成感
建築大工、建築板金、建築塗装、左官で行われる技能大会において、左官は一番長い時間を要する職種になる。
養生をはじめ、行わなければならない工程も多く、ものづくりにおいては難易度が高い仕事と思っている。
実際の仕事でも現場ごとに求められる要素がそれぞれに多くあり、最終的にはあらゆる場面に対応できる経験値と知識、技術力が求められる。
越えなければならないハードルが高い仕事ほど、それをクリアしたときに得られる達成感は大きく、左官という仕事が「おもしろい」と感じられる。
仕事で大事にしていることは「一歩引いて見ること」。
前のめりに目の前だけに集中して作業を進めるのではなく、一度立ち止まり、一歩引いて全体を見ることで視野が広がり、全体のバランスや美しさが見えてくる。
難しい仕事から求められる
職人としての確かな技術
長いキャリアにおいて多くの現場を経験しており、地元、米沢の酒蔵の蔵造りの建物をはじめ、歴史的建造物の修繕などにも携わってきた。
その現場において、左官の技術を見た人から仕事を依頼され、県外へ仕事に赴くこともあった。
例えば、埼玉県飯能市の能仁寺の修繕工事。本堂をはじめ、以前の再建工事から数十年が経過していたこともあり、大規模な修繕工事となり、工期は1年を越えた。
また、同じ埼玉県で蔵造りの町並みが有名な川越市においても蔵の腰の瓦張りの仕事など、何件も請け負った。
全国的に技術力のある左官工が少なくなり、難易度の高い仕事から職人としての技術を求められる場面が増えてきている。
これからの左官工のために現場をつくる
若い人にはつまずいても諦めずに頑張って欲しい
建築業、住宅建築のスタイルが変わってきて、一般住宅の中での左官のポジションも変わり、今の住宅づくりには参入しにくくなってきている。
しかし、左官工としての技術は教科書だけで身に付くものではなく、現場での経験値が必要。そのためにも、今までの知識や経験値を活かして、住宅づくりに左官の仕事が求められ、若い左官工が経験値を積む現場が生まれる仕事をつくり出すことをしていこうと思う。
左官は難しい仕事。若い人はつまづいて挫けそうになることもあると思うが、諦めずに踏ん張って、もうひと頑張りして欲しい。
未来にカタチが残る左官という仕事には、それに見合うおもしろさがあると思うから。








