鏡芳昭

鏡芳昭の仕事。
有限会社鏡畳店 代表取締役社長(寒河江市)

畳は農業。
その当たり前を多くの人に
知ってほしい。
そして、国産い草を使った
本当の畳の良さを伝えたい。

鏡芳昭 日本のい草農家がなくなると、日本の畳文化もなくなる。い草の産地熊本を訪ねてそう直感した。

2006年3月、あるきっかけで国産畳表の産地、熊本県八代市を訪ねた。畳表は、い草農家一軒一軒が栽培から織りまでを自家生産する。国内シェア95%以上。しかし、ここ20年で生産農家の数は10分の1に激減している。今市場に出回っている畳の80%以上は中国産だ。
鏡さんは創業96年の畳屋の4代目、当時、畳職人歴16年。しかし、い草がどう栽培され、畳表がどう作られるのか全く知らなかった。日本の畳店のほとんどが同じだった。生産の現場を初めて見聞きし、「日本のい草農家がなくなると、日本の畳文化もなくなる」と直感したという。
「シャリ(米)のことも知らず、ネタを見る目もなく寿司屋をやっているようなもの」。鏡さんの産地通いが始まった。

畳職人が産地を訪れ、生産の現場を体験研修する。
「畳屋道場」の取り組みが、日本の畳と畳業界を変える。


昭和40年代の住宅ブーム、作れば売れた時代、畳の良さを伝えることより安く量を作ることが求められた。畳表も国産から中国産にとって変わっていった。そして次第に「国産の畳表と中国産の見分けがつかない畳店」が増えていく。需要が減っているのは、板の間が主流で畳は「贅沢品」「嗜好品」だった昔の姿に戻っただけ。日本人が畳を嫌って離れているのではない。鏡さんはそう捉えている。
畳職人たちが実際に生産現場を訪れ、い草農家の家にホームステイしながら作業を体験し、本物の畳表を肌で知る。農業と畳文化を生産、流通など基本から考え直し、機能、見た目、肌触りにすぐれた国産い草の畳表を提供することで、畳の本当の良さを一人でも多くの人に伝えていく。「畳屋道場」はそのためのネットワークだ。

日本古来の畳文化を絶やさないために、10年、20年先を見据えた様々な取り組みがある

「畳屋道場」では、流通の仕組みも変えた。生産者の顔が見えるトレーサビリティの確保と同時に、中間マージンを抑える。抑えた分は畳店の売上でも、市場価格を下げるのでもなく農家に還元する。現場研修をさらに発展させ、いつかは学校も作りたいという。
海外の建築家とのコラボレーションで、新しい視点から「畳のある空間デザイン」を提案し、畳の持つ可能性を広げる試みもスタートした。
職人としての本物へのこだわり、匠の技は、単にものづくりの腕だけはない。