山本秀康

大工

山本秀康の仕事。
山本建築(鶴岡市)

地域に根ざした家づくり
大工の仕事は
その家の20年後30年後にも責任がある。

山本秀康 「父親が大工で、子どもの頃は自宅裏の作業場が遊び場。だから、自然に同じ大工の道に進んだ」という鶴岡市羽黒町の山本秀康さん。高校卒業後、父親のもとに弟子入りし、修業をしながら鶴岡高等職業訓練校に通った。

木造建築の伝統技法の基本となる「規矩術(きくじゅつ)」

21歳の時、県主催の技能競技大会に出場して優勝し、全国大会へ。 その時に入賞・審査員特別賞を受賞し周りから期待がかかったが、その後の出場で何も賞が取れなく悔しい思いを残した。以来、毎年挑戦をつづけ、平成25年9月に開催された第29回全国青年技能競技大会で県内初の銀賞に輝いた。
競技の課題は「四方転び踏み台」の製作で、木造建築の伝統技法の基本である「規矩術(きくじゅつ)」を身につけていなければ作れない難しいものだったが、正確な製図、墨付け、組立と、その技能が高く評価された。
しかし、7度目の挑戦でつかんだ快挙にも浮かれることなく、「賞をとりたいというより自分との闘いだった。大会は一つの通過点」と語る。
そうした謙虚さは、山本さんの仕事に対する姿勢に重なる。「自分が在来工法で建てる家は、材料から仕入れて、その木の性質を見ながら鉋をかけ、墨付けして刻んで組立てて行く。大工の仕事は、その家の20年後30年後にも責任があるし、建てたらそれで終わりではない」。これが山本さんの持論だ。

「地域に根ざした家づくり」へのこだわり

「地域に根ざした家づくり」へのこだわりも強い。材料は主に庄内地方のものをはじめ県産材を多く使っている。また、地元の手向(とうげ)地区は雪の多い所だけに、その気候風土にあった家を建てることを大事にし、「本物の材料を使い、自分の手で建て、地元の人から信用され、頼られる大工をめざしている」と話す。
5年ほど前、菩提寺の本堂と御堂の改修工事に携わった。御堂は約250年前に建てられたもので、建物を一度解体し、腐った箇所は新しい木材に入れ替えて、土台からまた同じように建物をつくり直す。2年にわたる大変な作業だったが、建築当時の大工の名前が書かれた木や、昔の職人の技を見ることができ、貴重な体験になった。
山本さんが生まれ育った手向地区は、羽黒山の門前町。「かつて、出羽三山神社の改修などは手向の大工たちがやっていたと聞いた。自分も将来は、社寺や仏閣の改築を手がけたい」と夢をふくらませている。