塗装
黒光する太い梁が架かる民家。
築数百年はあろうかという佇まいだが、家主でさえいつ頃建てられたか定かに覚えていない。
茶の間には、大きな神棚が鎮座し、隣室との仕切りには建築当時のものなのか重厚感をたたえた板戸が収まっていた。
「まずは下地処理をしなくては」。
手順を踏んで塗装が進められていく
※所属等は取材当時のものであり、現在と異なる場合があります。
塗装を任せられていたのは、日下部千鶴さん。この道21年になるベテランである。建築現場への女性の進出が増えてきてはいるものの、若手の塗装職人はまだまだ少ない。
「たまたま車で街を走っていたら、おばあさんが塗装の手伝いをしていたんです。それを見て、女性でもできるんだと思ってこの世界に飛び込みました」。入った時は脚立に上るのも初めて、刷毛を触るのも初めて。仕事を覚えるのに必死で、負けず嫌いの性格も幸いし、気がついたら現在に至っているとか。
「苦労をしたのは、材料を覚えることですね。鉄部に塗る塗料、木部に塗る塗料との区別です。それと、お客様とのコミュニケーションの取り方でしょうか」。
伊藤塗装の社長さんによれば、女性は神経が細かく、仕上がりのキレイさでは女性にはかなわないとのこと。しかも、コミュニケーションの面でも女性の方が適性があると話す。一般住宅の塗り替えの場合、お爺さんやお婆さんがいる場合が多く、そうした方々と良好なコミュニケーションを築くことで、仕事もスムーズに進み、お客様からの満足と信頼を獲得することができる。
「まずは、表面のゴミや汚れを落とします。こちらのお宅の場合は、猫の爪の研ぎ跡があるのでそれをパテで埋め、さらに研いで平らにし、それから下塗りに入ります」。
年代物の板戸は、当初はべんがらで塗装されていたらしく、その色にあわせて上塗りを何回か行って行く。
「仕事は楽しいですね。なかでも、破風の彫り物など細かなところを塗るのが好きです。塗装は家のお化粧直しですよ。感謝されるとうれしいですし、やりがいがあります」。
確かに家の化粧直しと考えれば、女性の方が得意に違いない。塗装に携わる若い女性はまだまだ少ない。日下部さんは今後、自身の経験と技術を彼女たちに伝えたいと願っている。